フラン•パルレ Franc-Parler
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ニランティ・ヴァディヴェル、シルク・ドゥ・ソレイユ「トーテム」のアーティスティック・ディレクター
投稿日 2016年5月28日
最後に更新されたのは 2016年7月27日
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「トーテム」、シルク・ドゥ・ソレイユによる光の洪水
 
サーカスのイメージを塗り替え、動物たちの使用をやめたことで有名になった“シルク・ドゥ・ソレイユ”が、再び東京にテントを張りにやってきた。「トーテム」という色彩豊かなスペクタクルを上演し、子供や大人を大いに楽しませている。東京公演は最初のツアーで、これから地方に巡回する。さぁ、テントの中に入ってみましょう。ご案内下さるのは、このショーに大変詳しい、アーティスティック・ディレクターで、元ダンサーのニランティ・ヴァディヴェルさんです。
 
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© Franc-Parler
フラン・パルレ:貴女は、初めてダンスをした時のこと、生まれて初めて踊ったステップを覚えていますか?
ニランティ・ヴァディヴェル:初めて踏んだダンスですね。 それって、観客の前で初めて踊ったステップのこと?それとも、リビングで、遊んでいた時のことかしら? そう、私の場合、正にそうでした。レコードをかけて、リビングでよく踊っていました。かなり上手だったらしく、母にすぐに決心させたほどでした。多分私は5歳位だったと思いますが、私を正式なダンス教室に入れなくてはと。私は四六時中踊っていたからなのです。もうしょっちゅう、家の中で音楽を聴いたり、身体を動かしていました。それで、5歳の時、母は、私をバレエの教室に通わせたのです。次に、6歳で、父がスリランカ出身なので、母は、インドの古典舞踊、バラタ・ナティヤムを探してきて、私にそれも習わせたのです。ですから、子供時代に、私は、クラシックバレエ、バラタ・ナティヤムを数年間やったのです。これらが、先生について専門的に習った私の最初のレッスンです。
 
フラン・パルレ:ということは、貴女はとてもジャンルの違う踊りを習ったということですね。
ニランティ・ヴァディヴェル:そうです。次に、もっとあとで、ジャズダンス、コンテンポラリー・ダンス、フラメンコ、もうかたっぱしから、ヒップホップ・ダンスも習いました。なんでもかんでも全てやってみました。タップダンスだけは別です。タップダンスだけは、唯一私がやらなかった分野です。
 
フラン・パルレ:でもいつかは....
ニランティ・ヴァディヴェル:(笑い)たぶん、でも、その他は全部やりました。
 
フラン・パルレ:シルク・ドゥ・ソレイユに入団する前は、別のジャンルのカンパニーで働いていらっしゃいましたね.....
ニランティ・ヴァディヴェル:ええ、ダンスのカンパニーで働いていました。最初は、Les Grands Ballets Canadiensと呼ばれるカンパニーで、正にクラシックダンスをしていました。あらゆるクラシックの作品を上演する、ケベック州にあるカンパニーです。コンテンポラリーの振付師とも仕事をしましたが、古典と現代が混ざった踊りでした。。。。でもどちらかというと、クラシックの方が断然多く上演されました。次いで3年後には、私は、もっとコンテンポラリーの方に近づこうと決めました。そこで、より小さなツアー・カンパニーであるLes Ballets Jazz de Montréalと仕事をしました。そのカンパニーには、年間、3人ないし4人の振付師しかいませんでした。でも、常に創作的で、よりコンテンポラリー、より現代的な身体的動きが求められました。そこで、8年仕事をしました。その仕事が終わるころ、シルク・ドゥ・ソレイユからオファーがきたのです。インドのコンテンポラリー舞踊のできるダンサーを一人探していたのです。その役には、バラタ・ナティヤムの技法が必要でした。それで、子供の時に習ったバラタ・ナティアムに、コンテンポラリーな踊りを交えて、私が以前学んだ世界に再び身を投じたのです。この役を2年半やり、最終的に、舞台を引退することに決心いたしました。
 
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Photo: OSA Images Costumes: Kym Barrett © 2010 Cirque du Soleil
フラン・パルレ:引退といっても、貴女は、アーティスティック・ディレクターとして、お仕事を続けていらっしゃいます。では、サーカスに於けるアーティスティック・ディレクターとはどんなお役目ですか?
ニランティ・ヴァディヴェル:(笑い)他の世界とは違います。ダンスやオペラや芝居の劇団でいう、アーティスティック・ディレクターとはプロフィールが違います。本来、アーティスティック・ディレクターと言ったら、創作者とか、振付師とか、長年、創作の分野で大いにお仕事をしてきた人のことを指しました。シルク・ドゥ・ソレイユはといえば、作品を創造する創作ディレクターは何人かいますが、一方で、これらの制作は、20年もの長きにわたって、続けることもあるのです。その間、その仕事を支える幾組かのチームがいますが、まさにこれこそが、ここシルク・ドゥ・ソレイユでの私の仕事なのです。アーティスティック・ディレクターは、作品を当初のままで維持しなくてはなりません。また、不測の事態が生じないよう、制作者が意図しなかった方向にいかないよう、気を配っていなければなりません。同時に、作品がいつまでも色あせず、斬新でなくてはなりません。ですから、私には、仕事を一歩すすめたり、色々改善したり、ちょっとした変更を加えたり、新しいアーティスト達と仕事をしたりする必要が生じます。それに、20年間、常に同じアーティストというわけにはいきません。ですから、新しいアーティストがひとり入ってくるたびに、別のアプローチの仕方、違った技術、バックグラウンド、考え方、個性といった様々なものが持ち込まれます。それら全てと向き合うことで、絶えず作品を豊かにすることが出来ます。そういったことが、私の主たる仕事です。それは、ショーを見に来て下さる観客のために、ショーを最高、最適な状態に維持管理することなのです。
 
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Photo: Matt Beard Costumes: Kym Barrett © 2014 Cirque du Soleil
フラン・パルレ:貴女は「トーテム」のお仕事をしていらっしゃいますが、それはいつからですか?
ニランティ・ヴァディヴェル:「トーテム」は、2年半です。その前に、3年間、「サルティンバンコ」の仕事をしていました。こちらは、ご存知の通り、シルク・ドゥ・ソレイユ本来の、古典的なショーでした。私はこの作品の最後の3年間、この仕事に携わったわけです。ですから、実に、20年もの長きに亘って続いたショーが、いかに最後まで、大作として話題作として幕を降ろすことができるのかを見極めるのにも、また、大変良い機会でした。実際、批評家たちは何故そのショーを終了するのか、疑問を投げかけていました。事実、とても素晴らしい批評を、最後にいくつか頂きました。私達にとっては、そのショーが、当初の勢いを持続し、衰退するのではなく、その力強さを失わなかったのだと判って、とても興味がありました。このショーの後半の演出に対しては、制作者フランコ・ドラゴンヌに寄与すること大です。次に、私は全く違った作品、「マイケル・ジャクソン、One World Tour」の仕事をしました。それは、アリーナに於いて、ツアー形式で、マイケル・ジャクソンに、オマージュを捧げる作品でした。超有名なこの業界の音楽家たち、マイケル・ジャクソンと長年にわたり、いっしょに仕事をしたことのある音楽家たちが奏でる、大規模な、広大なスペクタルでした。ですから、それは、正にロックン・ロールの世界なのです。大勢のダンサー、何人かのアクロバット。そして何といっても、ショーのスター達は音楽家であるという、どちらかというと、普段とはとても違ったアプローチをしました。ですから、シルク・ドゥ・ソレイユのショーから期待されるものとは大分違います。むしろ、そのショーを観に来てくれたのは、マイケル・ジャクソンのファン達でしたね。それは、本当に趣が違っていました。それから、「トーテム」の仕事に呼ばれました。そこで、再び、この世界に、シルク・ドゥ・ソレイユ的な世界に戻って来たのです。これは、ロベール・ルパージュの演出です。彼は、本当に素晴らしい構想を持った、ケベックの演出家です。彼は、芝居、オペラ、映画の監督なので、素晴らしいヴィジョン、美意識をもっているのです。私達としては、観客の皆さんを、ショーの中で、感動の渦に巻き込み、沢山の色々な場所にお連れしたいと願っています。
 
フラン・パルレ:このショー「トーテム」の主要テーマはなんですか?
ニランティ・ヴァディヴェル:テーマ的にはとても幅が広いのです。ロベール・ルパージュは人類の進化に関するショーを作ろうと決心しました。ですから、膨大なのです。この主題は、無数の方法で、取り組むことが出来ます。彼は、時系列的にならない方向で、少々軽快に、この主題と取り組みたいと思いました。彼は、たった一つの論理を導入したいとは思いませんでした。魚からトカゲ、猿、そして、当然、人間というようにです。単に進むことを望みませんでした。もちろん、ショーの中には、そういったテーマもありますが、もっと別のものも沢山あります。彼は、天地創造や原始社会のあらゆる人々の神話や伝説に、とても興味を持っていました。
 
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Photo: OSA Images Costumes: Kym Barrett © 2010 Cirque du Soleil
フラン・パルレ:ケベック人としては、恐らく。。。。
ニランティ・ヴァディヴェル:ケベック人としては。そう、私達としては.....そこには、アメリカインディアンが登場します。アメリカインディアンは、「トーテム」にとって、とても重要です。トーテムという言葉自体が、そのことを暗示しています。また、天地創造にまつわる文化的、歴史的影響は、実際、世界中至る所に見られ、それらが、度々重複しあっています。しかし、あちこちでみられる、ある種のシンボル、コスチュームについている飾り等が、その音楽や踊りと響き合って、ある文化、ある歴史を蘇らせてくれます。このスペクタクルのなかでは、そんなことが、いたるところでかいまみられます。北米先住民の影響が、私達にとって身近なことは確かです。それに、ロベールはケベック出身ですから、内心彼は。。。。シルク・ドゥ・ソレイユが、少々このようなテーマと取り組んだのは初めてのことです。二人のアメリカインディアンのダンサーにお気付きと思いますが、彼等は、フラフープダンスを、いくつかのフープを用いて踊ります。これは、伝統的なダンスの一形態です。現代では、パウワウ(北米先住民の祭り)の中で、即ち、お祭りや、何かを祝ったり崇めたりするために、人々が大きな集会をする時にそれらが見られるのです。彼等は、今や、その踊りのコンペで盛り上がります。ですから、踊りの形がますます複雑化しています。このトーテムでは、二人のダンサーがいて、フラフープダンスをします。 また、北米先住民の歌手が一人いて、彼は、ケベックのウエンダート・ユロン族なので、ウエンダート語で歌います。彼はこのショーの制作当初からいましたから、ロベ-ルは正真正銘な彼等のヴィジョンや文化を、このショーの中で彼に投入して欲しいと思いました。こういったテーマが少々物議をかもしうることも確かで、しばしば、こう尋ねられたものです。「これらのダンサーを舞台に登場させるのは、やりすぎではないのですか?」「彼等に属する、このような羽や、シンボル等を用いるのは、彼等を侮辱することに、ならないのですか?」と。事実、ロベールは創作にあたって、非常に警戒していました。彼は、トーテムに導入される北米先住民に関することを、ことごとく、歌手クリスチヤン・ラヴォーが属する部族の長老達の委員会にはかっていました。彼の種族ウエンダート人は、提出された問題点を少々調べた上で、許可すべきかどうかを決定していました。「そんな言葉を言ってもいいのか」「舞台上でそんなものを使ってもいいのか」などです。ですから、全てこの委員会の許可を得たもので、私達は、敬意を表するため、これらの人々やその文化を尊ぶために、最大限の努力をしたと確信しています。私達にとって、問題が生じないようにすることが、なにより大切ですから。
 
フラン・パルレ:メーキャップも、貴女がたにとって、大切でしょう?
ニランティ・ヴァディヴェル:ええ、もちろん。シルク・ドゥ・ソレイユの全てのスペクタクルには、それぞれ専門の制作チームがいます。すなわち、振付師とか、作曲家とか、衣装をデザインする人、そして、メーキャップのデザインをする人など。アーティストはそれぞれ、自分のメーキャップが出来るように、学ばねばなりません。それは、とても大切なことなのです。ツアーには、メーキャップアーティストを連れて行かないからです。上手くメーキャップをし、それも、ある水準、ある標準に維持する術を学ぶのは、アーティスト各人の責任なのです。シルク・ドゥ・ソレイユ程のショーですから、観にいらっしゃる方は、美しい衣装や、驚くべきメーキャップを見るのを期待し、身体を揺さぶりたくなるような音楽を聞きたいとやってきます。どれをとっても、革新的で、いつも刺激的、感動的でなくてはなりません。
 
フラン・パルレ:貴女ご自身、とても素敵な刺青をしていらっしゃいます.....どうして、刺青をしようと思われたのですか?
ニランティ・ヴァディヴェル:(笑い)なぜですって? 第一に申し上げておきますが、刺青は一つだけではないのですよ。それから、これは、個人的なことなのです。私の人生で、大切な出来事がある毎に、そのつど刺青をいれて記憶に留めたのです。私にとって、一点の刺青は、第一に、何か大切なことを強調するため。次に、美意識の問題でもあるのです。人が、髪を長くしたり、短くしたりするように、赤い服あるいは青い服を選ぶように、私にとっては、刺青をするってことなのです。私が刺青をするのは、美的選択の一つです。ただそれだけ。私は、個人的に、刺青が好きです。人によっては、好きではない人もいますが、誰にでも、自分の皮膚を用いて自己表現するのは自由だと思います。
 
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Photos: OSA Images Costumes: Kym Barrett © 2010 Cirque du Soleil © 2015 Fuji Television
フラン・パルレ:貴女の人生は、現代風サルタンバンク(旅芸人)ですね。旅して生きることは、貴女個人にとって、上手く運んでいますか?
ニランティ・ヴァディヴェル:ええ、うまくいっています。私は、ケベックで踊っていた時でも、年に恐らく20週位は、旅に出ていました。ですから、私は、すでに半年は、旅回り生活をしていたことになります。次いで、シルク・ドゥ・ソレイユに移ってからは、殆ど10年間、絶えず恒常的に旅をしています。私には、一人息子がいて、彼は、私の前夫と、モントリオールに留まっています。息子は、彼の父親と一緒に暮らして、実に7年になります。この一年は、一年間の予定で、息子が私と一緒にツアーにやって来た初めての年でした。私と息子、二人だけでした。彼はもう13歳になりますから、お互いに少々認識し直し、一緒に暮らす術を学びなおさなければなりませんでした。でも、今のところ、とても、とても上手くいっています。息子と一緒に、一年間を一緒に暮らせたということは、とても幸せでした。旅回り人生は、確かに、誰にでも出来ることではありません。私は数個のスーツケ―スを持って生活しているので、常に、常に旅に出ているという感覚です。モントリオールの家族に会いに行くのは、年に2・3回、時には、もっと少ないかも知れません。でも、旅の家族が、私の家族なのです。世界中、至る所に、友人がいますし、私にとって大切な沢山の場所があります。今や、私は戻ってきたりします。旅好きの私ですから、しばしばそのような場所を再び訪ねることになります。ですから、他の仕事をしようとは思いません。別の人生を欲したりしません。私の人生、それは、旅回り人生なのです。
 
フラン・パルレ:貴女は、現在、日本にツアー中です。ここには、いつごろまで滞在なさるのですか?
ニランティ・ヴァディヴェル:日本にですか?2017年5月(21)日までです。トータル一年半です。
 
フラン・パルレ:まだお時間がありますね。その後で、なにかする構想をすでにお持ちですか?
ニランティ・ヴァディヴェル:ヨーロッパが、私達の次のツアー先になろうと言われています。「トーテム」は、まだヨーロッパを全て廻ってはいないのです。通常、シルク・ドゥ・ソレイユのツアーは、北アメリカに約3年、ヨーロッパに約3年、日本に1年半、オーストラリアに一年滞在します。たいていの場合、南米にも引き続いて行きます。次いで、ここでのように、テント形式のショーは、アリーナ形式に転換されることもあります。その時には、テントは必要でなくなり、場所に関連する全てが不要になります。そのかわり、移動がぐっとスピーディになります。アリーナ形式ですと、観客は、アリーナに、すでに建設されている催し物の会場に行くので、商売の規模が縮小されます。少々滞在が短くなり、毎週か2週間ごとに移動できます。私は、アリーナ形式を5年しました。「サルティンバンコ」と「マイケル・ジャクソン One World Tour」でした。それらは、アリーナ・ツアーでした。そこでは、一週間ごとに移動していました。より速いリズムで移動するのも悪くありませんし、良かったですよ。でも、今のように、もう少し落ち着いて、一つの町に、3・4か月滞在するのもいいものです。こちらも私は好きですね。
 
2016年5月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:井上八汐



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