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ダミアン・マニヴェル、映画「若き詩人」の監督
投稿日 2016年1月14日
最後に更新されたのは 2016年7月27日
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大成した若き映画人、ダミアン・マニヴェル
 
レミは、道具に限って言えば、一本のペンと手帳だけを用いて、詩の大家になろうと心に決める。映画「若き詩人」の主人公は、果たして、インスピレーション(ひらめき)を見つけ、詩人として人に認められる事に成功したのだろうか?それとも、この初めての長編映画を作った監督ダミアン・マニヴェルのもとで、もっと経験を積むよう、彼にそれとなく仄めかしたほうがいいのだろうか?
 
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©Franc-Parler
フラン・パルレ:貴方は、もともとは、コンテンポラリー・ダンスのダンサーだったのですよね。
ダミアン・マニヴェル:ええ。僕は、はじめ、コンテンポラリー・ダンス、そして、コンテンポラリー・サーカスをやりました。ですから、サーカスの曲芸師としての経験や、後に遭遇した様々な出会いから、舞台監督、次いで、映画監督に興味をもつようになりました。
 
フラン・パルレ:ああ、そうなんですか。でも、映画「若き詩人」は、貴方がそれまで辿って来られた世界とは、全然別なように思えますが。
ダミアン・マニヴェル:いえいえ、関連性はありますよ。いずれも創造の領域ですから。ダンスでも他の芸術に於いても、インスピレーションで繋がっているのではないでしょうか。結局、僕はというと、18歳の時、何かを創造したいという渇望、夢想にかられました、ほら、“芸術家”気取りというあれですよ。色々な詩を、しかも沢山読んだものです。ですから、この映画の主人公に私を重ねることは、さほど難しいことではありません。
 
若き詩人 Un jeune poète
若き詩人 Un jeune poète
フラン・パルレ:映画の人物は、時々、アルコールの助けを借りて、インスピレーションを見つけようと努めますが、貴方の場合は? 貴方は、どんなところに、貴方の主たるインスピレーションの源泉を求めたのですか? 
ダミアン・マニヴェル:思うに、映画の中では、インスピレーションを探す過程は.....いうなれば、コミック風に描かれています。芸術家に関する映画を作るということ、創造の過程を映像化するということは、とても難解だと僕は思うからです。そこで、何かひとひねりした工夫が必要だったのです。映画をより軽快に見せるために、コミック的要素が必要でした。次いで、これらのテーマを、誇張的に取り上げないこと。大げさにしないということでした。要するに、映画の中で、レミが演じるのは、詩人というもののイメージの一コマ一コマを紡ぐことです。言いかえれば、失恋やアルコールや、自然といったもろもろの中に、インスピレーションを見つけ出すことなのです。それら全ては、コミック風になっていますが、同時に、真実でもあるのです。即ち、僕にも、そんなことが、或る時に頭をよぎったことがありました。色々な考えを見つけるために酒を飲んでみるのだ、最高に美しいものを書くために苦しむ必要があるんだとね。だから、そんなことは滑稽なことですよ。でもね、同時に、真実の深層を掘りあてているとも僕は思うのです。
 
犬を連れた女 La dame au chien
犬を連れた女 La dame au chien
フラン・パルレ:では、レミ・タファネルとの出会いを聞かせていただけますか?
ダミアン・マニヴェル:それはですね。レミと出会ったのは、映画「犬を連れた女」の為です。これは、14歳の時の彼を使って作った短編映画です。そこで僕は一人の夢想好きの少年、しかも仲間に少々溶け込めない少年を探していました。それ故、彼に出会った時、まさに雷に打たれた様な錯覚に陥りました。僕はレミの為に脚本を手直しし、それはそれは素晴らしい仕事体験をさせてもらいました。ところで、コメディ風な、おどけた側面を持ち込んだのはレミの方なのです。彼こそが、僕の映画にそれらの要素をもたらしてくれたのですから、僕は彼にお礼をいいたいです。
 
フラン・パルレ:貴方は、レミなる人物に対し、アントワーヌ・ドワネルに原型を求めたのですか?多少それからヒントを得ていますか?
ダミアン・マニヴェル:全然受けていませんね。ドワネルシリーズは、大好きで尊敬はしていますけどね。 僕がちょっと面白いと思うことは.....僕は、僕の好きな人たちと一緒に、好きな映画を撮りたかったのです。だから、l4歳のレミを、僕はとても映画に収めたかったのです。それから時が過ぎ、4年経ちました。次に、レミが18歳のとき、僕は、これは丁度良い年だ、時期が来た、人生の転換期だ、と考えました。実際、レミにとって、節目の時でした。僕は、この年でのレミを再び映画に撮りたいと思っていました。ところで、沢山の監督が、年齢を異にした同一人物を、映画に収めているのです。僕はそのことをとても面白いと思いますよ、感動的とさえ言えます。大いに興味をそそられるのです。
 
フラン・パルレ:貴方の映画がスクリーンに映されると、最初に、短編の「犬を連れた女」が出てきて、次に、この長編が続きます。このことは、意図的なのですか? 普段余り見慣れないことですが。
ダミアン・マニヴェル:もちろん、今までにはなかったことでしょう。僕はそうすることで、日本の観客の皆様に、僕の仕事と同時に、レミの仕事もまた紹介したいと切に望んだのです。僕は、二つの作品を提示することは、興味深いことだと思うのです。観客は、同時に追うことが出来るからです。まず、一人の俳優の演技を通して、人生の節目の問題解決に当たって、変遷し進展していく一人の登場人物を観ます。一方で、観客は、変遷し進展していく一人の人間、この場合、一人の若き俳優の姿を同時に観ることが出来るのです。だから、レミなる人物に、ほぼ同じ問題が提起されると知って、これらの二つの映画を同時に観ることは、実にグッドアイデアだと思ったのです。即ち、これらの問題は、少々滑稽で少々常軌を逸した観点から実体験された、実存主義的問題なのです。でも、登場人物レミにとっては、恐らく、処理しきれない問題です。
 
フラン・パルレ:貴方があの短編映画を撮られたとき、すでにこの長編映画の構想をお持ちでしたか?
ダミアン・マニヴェル:全然持っていませんでした。僕が「若き詩人」を撮影したのは、偶然の為せる業でした。レミがバカロレアを終えた後、僕にコンタクトしてきて、バカロレアに受かったよと言ったのです。彼は僕にSMSメッセージを送ってきたのです。僕は、彼が映画をまたやりたがっているのを感じました。そして、一か月後には、撮影を開始していたのです。
 
フラン・パルレ:かなりのスピードで作られたのですね。
ダミアン・マニヴェル:とても速く作りました。制作したのも僕、お金を出したのも僕です。数年前から今もって僕と一緒に仕事をしてくれている僕の仲間と全てを作りました。
 
フラン・パルレ:何人のチームなのですか?
ダミアン・マニヴェル:3・4人からなる極めて限られたチームです。
 
フラン・パルレ:だから恐らく撮影に.....
ダミアン・マニヴェル:速く撮影することに成功したのです。だから、身軽な装備で撮影でき、また、多少映画の中のレミという人物のように、そこで出会う人達の話を聞いたりすることが可能でした。全ての俳優は、プロの俳優ではなく、セットという町の人達です。ですから、彼等は皆実際の自分と同じ役を演じているということになります。
 
フラン・パルレ:あの人たちは、あなたが出演を依頼した時、すぐ承諾したのですか?どんなことをして?
ダミアン・マニヴェル:そうですね。人にもよりますね。ともかく、僕は経験を積んでみようとしない人達と仕事をしようとは思いません。ですから、相手に情熱があれば、やってみたいと思えば、僕も同感で、やらせてみようと僕も思うわけです。
 
若き詩人 Un jeune poète
若き詩人 Un jeune poète
フラン・パルレ:どうして、貴方はセットの町を選んだのですか?ブラッサンスにちなんだのですか?それとも.....
ダミアン・マニヴェル:いいえ、幾つかの別の理由があります。第一に、そこに住んでいる女友達がいて、僕や仲間を逗留させてくれたので、好都合だったことです。彼女はとても親切にしてくれました。それから、セットといえば、海辺の墓地で有名で、そうなると、ポール・ヴァレリーが連想されます。その町は、美しく、自然が豊かです。明らかに、詩人達の町ということになるでしょう。ですから、僕は、この映画を撮影するのに、理想的な背景だったと思うのです。
 
フラン・パルレ:水も空もありましたね。
ダミアン・マニヴェル:水も空もありました。空とあの光線は、映画の中に沢山入れようと努めました。最後に、主題こそが、僕の情熱をかきたてました。
 
フラン・パルレ:最後に一つ質問させてください。私がここに入って来た時に、とても驚いたことがあるからです。あなたが日本語で話されているのをお聞きしたからです。それで、「日本語でインタヴューしようか」と思ったほどです(笑)。日本語を話されるようになったきっかけは?
ダミアン・マニヴェル:今回、僕が日本に来たのは7回目です。日本は大好きですし、妻は日本人です。かなり多くの日本人の友達も出来始めています。とくに、映画関係者ですけど。僕の次回作は、ここ日本で撮りたいと思っています。ですから、この国は、僕を惹きつけ、何らかの絆を感じる国です。この映画や今の僕の仕事が、好意的に受けとめられているので、今に何かが起こりそうな気がします。この国に出かけてくることを、さらに勇気づけてくれるような何かです。
 
フラン・パルレ:じゃあ、今、貴方はちょっとロケハンを行っていらっしゃるという感じですね。
ダミアン・マニヴェル:正にそういうことですね。たしかに、何か起こりそうな予感がします。
 
フラン・パルレ:貴方の映画「若き詩人」は日本以外でも売れたのですか?
ダミアン・マニヴェル:フランスでは、すでに公開されました。ブラジルでも。ええ、数か国がもう買ってくれました。この種の制作としては、かなり例外的なことです。これは、監督が制作した映画です。僕が制作会社を立ち上げた後ですから。ですから、稀なこと.....小さな会社の作品が、ロカルノ映画祭に出品され、賞までとったのですから。それはもう、大反響を起こしたのです。この映画は、だから運がいいというんでしょうね。
 
フラン・パルレ:自分の制作会社を作り、そのあとも自分で全部するということは、誰にだって出来ることではありません.....
 
ダミアン・マニヴェル:まあね。種あかしすれば、僕は会社設立前に、評判の高かった幾つかの短編映画を作っていました。ですから、賞をとって手にしたお金を、少々貯めていたのですよ。それで、この映画「若き詩人」を制作することが出来たのです。
 
2015年12月,東京
インタビュー:エリック・プリュウ
翻訳:井上八汐



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