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ジュリー・ガヴラス、映画『ぜんぶ、フィデルのせい』監督
投稿日 2008年2月1日
最後に更新されたのは 2016年7月27日
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ジュリー・ガヴラス: ぜんぶ、フィデルのせい
 
裕福かつ保守的な家庭環境で大事にされた少女にとっての暮らしは幸せなものだ。両親が1970年代の改革のさなかに政治的社会的活動に目覚めた時、彼女はどのように反応するのだろう?ジュリー・ガヴラスの長編映画「ぜんぶ、フィデルのせい」は、これら(70年代)の事実の歩みを再検討するように働きかけている。
 
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©Franc-Parler
フラン・パルレ:あなたの作品のトーンはもっとドラマチックなあなたのお父様(コスタ・ガヴラス監督)の作品とは異なりますね…どうしてですか?
ジュリー・ガヴラス:それは個性の問題でもあると思いますし、それから作品が政治を扱ったものであったとしても、私は父のような作品は決して作らないと思います。まず、私は同じ世代ではありませんし、出身も同じではない、そして必ずしも同じことに興味を持っているわけではないからです。それから、これはある女の子の物語だからで、このシチュエーションも作品のトーンを時に軽くしているのだと私は思います。重々しさと軽さ、これが私の関心のあることなのです。
 
フラン・パルレ:あなたはまず模範的な少女から描き始めましたね、時にイライラさせられる…
ジュリー・ガヴラス:それは自発的でした。私は初め少し恐かったのです。何故なら実際、意図としては観客を完全に心変わりさせることでした。つまり、初めは、このとてもお姫様然とした、そしてあなたがおっしゃったように時にイライラさせられる少女に相対して、観客は少しためらいを感じますが、最後には、何というか、彼女をとても親しみやすく感じ、彼女との時間を共有していることに気がつくのです。それは確かに全く自発的で、一つの賭(かけ)でした。何故なら、私のこの作品ではそうはなりませんでしたが…でも観客があまりにも初めにイライラさせられたので、心変わりさせたり、考えを変えさせたりすることがもはや出来ない、というリスクもあり得ます。
 
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フラン・パルレ:あなた自身は、どんなタイプの少女でしたか?
ジュリー・ガヴラス:私はちょっと彼女のようだった、もっとそうだったかもしれません。小さなお姫様という面ではなく、かなり意志が強いという面で、そうですね、むしろ意志が強くて、かなり頑固な感じ。私はそれに当てはまりましたね。
 
フラン・パルレ:70年代は変わり目となる時代ですか?
ジュリー・ガヴラス:ええ、私は変わり目となる時代だと思います。そしてその年代は、この時代をめぐるあらゆる議論に拘わらず、私は重要な年代だと思います。ある意味でその時代に共感または反発を覚えたとしても。女性にとって(この時代は)結局は唯一の遺産となり、女性の解放運動について、女性の仕事について、多くの事柄についての(変革の)強さを今日でもまだ具体的に測ることが出来ます。その為にも、中心となる人物は少年ではなく、少女であることが大事だったのです。これらのアイディアは当初、私から生まれたものではありません、なぜなら原作はイタリアの本だからです。これら全ては、本から来たものです。この少女の視点からみたナレーションや70年代の扱いさえも、これらはまずは本から来ています。ただしそれはイタリアで起こっていたことです。
 
フラン・パルレ:それはあなたが子供時代に経験した様々なことを取り入れることになりましたか?
ジュリー・ガヴラス:いいえ、何故なら私は、その少女より10歳下になるからです。私は、70年代より80年代の方をもっと経験しました。そのことによって私が自問した質問を加えることが出来ました。なぜなら(主役の)彼女が生きた出来事を、私はその後で全く経験していないのですから。でも私が自問した質問は何をもたらすのでしょう、この絶えざる政治レベルの疑問は。
 
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フラン・パルレ:この年齢の子供達について、彼らが言ったことに関連して、彼らは何が判ったのでしょうか?
ジュリー・ガヴラス:バンジャマンは、少年役の子ですが、(彼の役は)疑問の渦中にはあまり居ないのです、そうなっているのは、何故かというとこの物語では起こりうる全てのことについて何の問題もない少年だからです…ニナ(主演のニナ・ケルヴェル)には実際、この時代に生きた祖母が居て、70年代に20歳だった若い祖母だということを私は知っていますが、彼女達は一緒に沢山議論したのです。彼女の祖母がシナリオを読み、それから彼女達はあらゆる時代の変わり目について一緒に議論したのです。私にとって彼女にそれら全てのことについて説明するのは難しかったのは事実です。なぜなら私は当然、自分の見解をにじみ出させたでしょうし、(時代を感じる)その作業は私がするのではなく、むしろ家族内でそれをするのだと、私は思います。
 
フラン・パルレ:この作品は部分的に本から着想を得ているのですが、あなたは時代を移し替えることができたのでしょうか?
ジュリー・ガヴラス:時代は移し替えることができたでしょうが、失ったものは、人々が行動を起こしうるもの、時に今の時代でも、失ったものは、この信念、物事を変えることの出来る一般の秩序です。私が思うには、もしこれら(70年代)の遺産があるとしても、今の時代、行動する人々は、人道主義的な行動をしたり、アフリカに井戸を掘りに行ったりする行動を起こしたりしても、今日では本当に局部的な参加しかありません。もう誰も(この映画の)両親が考えられるようには、考えないのです。この少女の両親は世界を総体的に変えることが出来たのです。
 
フラン・パルレ:あなたが他に計画している構想はありますか?
ジュリー・ガヴラス:私は(この作品とは)関係ない別の草稿を執筆中です。なぜならそれはロマンチックコメディで、主役達は60代という特徴があります。
 
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フラン・パルレ:(子供か高齢者か)その中間はない…
ジュリー・ガヴラス:その通りです。子供はもう十分です。何故なら私はこの作品の前に、小学校中等1学年(日本の小学校4年)のクラスでドキュメンタリーを撮ったからです。これは2002年に公開されました。そのドキュメンタリーは、子役の指導にはとても役に立ちました。私は9歳の子供達と教室で1年間過ごしたので、どのように進んでいくのか良くわかっていたからです。
 
フラン・パルレ:彼らのご機嫌をとるのに…撮影には飴などがあったのですか?
ジュリー・ガヴラス:いえいえ、そんな風に仕事はしていませんでした。だいたい、厳しくした方が上手く行くと私は思います。子供達は厳しさがある方が上手くいくのです、悪い習慣無しに。実際、彼らはその方が飴より公平だと思っています。
 
2008年2月
インタヴュー:プリュウ・エリック
翻訳:粟野みゆき



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