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ジュリー=ロぺス・クルヴァル、映画『隠された日記〜母たち、娘たち〜』監督
投稿日 2010年9月1日
最後に更新されたのは 2023年5月25日
ジュリー=ロぺス・クルヴァル、映画『隠された日記〜母たち、娘たち〜』監督
 
ジュリー=ロペス・クルヴァル:隠された日記 〜母たち、娘たち〜
 
母性、母娘の関係、女性の地位…カトリーヌ・ドヌーヴ、マリナ・ハンズ、そしてマリー=ジョゼ・クローズが、ジュリー=ロペス・クルヴァル監督の穏やかな指導の下に、それぞれの女優としての才能をこの作品『隠された日記 〜母たち、娘たち〜』で発揮し、これらのテーマを掘り下げている。
 
©Franc-Parler

フラン・パルレ:あなたはクール・フロラン(フランスの名門演劇学校)に通われたそうですね。その経験があなたの脚本家、監督としての人生にもたらしたものは何か、簡単にお話いただけますか?
ジュリー=ロペス・クルヴァル:そうですね、バカロレア(大学入学資格試験)が近づいて来た時、私は演劇もやってみたくなったのです。私はすでに写真をやっていました。そしてもちろん、私は演じたいという気持ちがありましたから、クール・フロランはとても良い経験でした。でも早くから私は、授業の一環で演出をすることに興味を引かれていました。だから私は色々な劇作品を演出し、そこで私は人々を指導することに喜びを感じたのです。それに実際、授業では沢山の演劇作品に出会い、沢山の脚本を読み、劇作法を知り、このような分野に関して、とても豊かでした。ここでの経験は、後に私が脚本を書いたり、役者さんたちを指導したりする時に、今もなお、役に立っている経験だと思っています。
 
フラン・パルレ:役者さんたちを指導する時、あなたは独裁的になりますか?それはどんな感じで進んでいくのでしょうか?
ジュリー=ロペス・クルヴァル:私は全く独裁的ではありません(笑)。独裁的なことは一切好きではないのです。何と言ったらいいか分かりませんが、(対応は)役者さんそれぞれによってとても違います。実際に彼らと一緒にする仕事においては。それは人と人との出会いですし、何よりも人間関係なので、お互いに理解し合い、どのように一緒に仕事をしていけばよいのかを知ろうとしています。従って、それぞれの役者さんの流儀があり、私は自分の方針がありますが、いずれの方の個性にも、私はとても気を遣います。
 
Mères et filles
© 2009 Sombrero Films - France 3 Cinema - Filmo

フラン・パルレ:あなたは3人の女優さんたちと関わられましたが、それぞれの方の性格や、経験、それに家庭の歴史がありますね。あなたは彼女達と話し合って、彼女達の意見も尊重されましたか?
ジュリー=ロペス・クルヴァル:そうしました。実際、それは一緒に仕事をする人々と直ぐに親しい関係を築く話題です。だから避けることは出来ませんし、刑事ものの映画ではないので、そこで「ピストルを準備して。いまからその場面を撮るから」等とは言えません。この作品では内面、心の感じるところしかないわけです。それは本当にとても深いことばかりで、役者さんたちとの仕事においても、信頼関係や人間関係から入っていくのです。
 
フラン・パルレ:マリナ・ハンズを選んだのは?彼女もまたクール・フロランに学んだことと関係がありますか、それともそれは偶然なのでしょうか?
ジュリー=ロペス・クルヴァル:(笑)クール・フロランに学んだ人は沢山いらっしゃいますよ。だからそれは違います。マリナ・ハンズは、指名したのです。特に、私がすばらしいと思うこの女優さんと仕事をしたい、という気持ちがありました。私は彼女を劇場で見いだし、本当に印象が強かったのです。それから『レディ・チャタレイ』や他の映画作品でも。私はカトリーヌ・ドヌーヴと(役柄上、)親子関係になることをかなり考慮しました。ハンズは特に私が仕事をしたかった女優さんで、感情表現の力があり、抑えた演技が出来、勢い、滑稽さも兼ね備えている方なのです。
 
フラン・パルレ:あなたはこの『隠された日記 〜母たち、娘たち〜』の脚本を、全て手がけられましたね。既存の脚本に依らずに。あなたが全てを作られたのですね。では、きっかけは、どんなことだったのでしょうか?
ジュリー=ロペス・クルヴァル:きっかけは、この50年間におけるフランスの女性たちの変化を少し表現したいという気持ちでした。従って、これはとても広く、大変に重いテーマだ、と言えるでしょう。それで、ここを出発点として、私はシナリオライターと共に物語の構成を考え、実際、私は他の人と仕事をしているので、その後は私が一人で、ある家族の物語を書いたのです。なぜなら、より一般的なことを語る為に身近な家庭内の話を書きたかったからです。そういうわけで、きっかけは、それだったのです。
 
Mères et filles
© 2009 Sombrero Films - France 3 Cinema - Filmo

フラン・パルレ:フランスでは、色々な事件で、母親による子供の拒絶がかなり話題になっていますが、それもこの作品のテーマの一部ですよね。
ジュリー=ロペス・クルヴァル: 当然、女性に関するテーマにおいて、母性について問いただすことは、いうまでもないですね。なぜなら女性たちは常に良い母であるという役目をさせられていたからです。男性と女性との大きな違いは、ともかくも女性は子供を身ごもる、とかそれにまつわる全てです。だから、そうですね、母性を話題にすることは良い方法ですし、模範的でない母親を描きたいという意図があったことも事実です。私は模範的な母親は居ないと思っているからです。良い母親は存在するとは思いますが、でも皆さんがご存知の絵本『マルティーヌ』に登場する母親のイメージは断たなければならない、と私は言いたいのです。(模範的でない)彼女達はそれでも優しい母親なのです。彼女達はおそらく不器用で、苦しんでいるかもしれませんが、情は深いと私は思います。カトリーヌ・ドヌーヴが演じた人物は、優しくする能力に少し欠けている母親ですが、その点は娘を愛することの障害にはなりません。娘と母との難しいところは、絆を再構築することなのです。それがおそらくお互いを近づけてくれるかもしれないのです。
 
フラン・パルレ:作品の舞台となる場所についてお聞きします。海はあなたにとって…
ジュリー=ロペス・クルヴァル:お決まり?それはお決まりの場所ではなく、私が好きな場所、風景なのです。私はノルマンディーの出身で、その風景は、かなり親しみのあるところです。私にとって海辺は。特に、私にとって、それは時を超えた風景です。2世代、2つの時代にまたがるこのような作品の場合は、登場人物をそれぞれの人生の長さの中にとどめますが、風景は永遠の時の中です。従って、私達はそのようにして通り過ぎる人間という者で、変わる事の無い風景の中で受け継がれていくのです。このように、私が好きな海辺においても、そういう展開があるのです。
 
Mères et filles
© 2009 Sombrero Films - France 3 Cinema - Filmo

フラン・パルレ:台所は今も女性の場所、服従の場所でしょうか?
ジュリー=ロペス・クルヴァル: お互いの自由は基本的なものです。今はとにかく『台所にママは居ないわよ!』という絶対的な(自由を)要求した時代は終わったと思います。台所は、打ち解ける場所であり、(食べ物を取り入れる)口であり、シンボルであり、そこで会話が弾むのです。台所は素晴らしい場所で、牢獄のようになったこともあり、牢獄ではないけれど、誇張した言い方だと閉塞空間です。でも私はいつも台所を非難するつもりはありません。台所関連には、それをイメージする色々な画像があり、私はいつも引きつけられていました。それは台所で微笑む、優雅で、幸せそうな女性の画像でした。毎年、見本市とタイアップしている « Les arts ménagers (家庭用品) »という雑誌がありましたが、そこには常に、幸せそうな子供達、幸せそうな母親、みんなが台所で幸せそうにしているイメージ画像が掲載されていました。その背景には、沢山のとても幸せな女性たちが台所に居たと思いますが、沢山のとても不幸な女性たちもまた、そこに居たということは確かだと思います。
 
2010年9月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:粟野みゆき
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