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2003年5月 おしまいのないゲーム F=M・プサンティ演出『ゲームの終わり』
投稿日 2003年5月7日
最後に更新されたのは 2015年6月25日
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松原道剛
VUETHEOROS

 
「おしまい、おしまいだ、おしまいだろう、たぶんおしまいだろう。」−客席が静まり、客電がおち、やがて舞台で唯一のシーリングライトが点灯されると、舞台中央にハムが上をむいて顔面に布切れをのせて眠っているのか、椅子に腰掛けている。一方、上手側舞台前面、広くないフラットな舞台の客席前列からすぐ目の前に立っているクロヴがおもむろにこの冒頭の台詞を語る。
 最初の台詞、そのフランス語の文章の意味を聴きとる前に、ひとつの単語、いや、ひとつの音節−それは正確にいえばひとつの母音といくつかの子音−を聴こうとする、いや聴いてしまう、そのような瞬間の存在する舞台があるというのは本当のことだ。もちろん、そのイントネーション、それにテンポ、とくに、この作品の、とかく議論のたえないこの有名な台詞の意味をくみ取ろうとする観客にとっても、そのニュアンスを聴きとる前にその意味を付加される以前の「音」に耳を澄ましてしまう。
 盲目のハムは、不自由な身体をかかえ、座っている車椅子から立ち上がることはできない。そのハムに一方的に仕えるクロヴは、ハムの呼び子によって、大きな段差と大きな音で開け閉めする鉄扉で隔てられている台所とこの室内を脚を引きずりながら、しきりに往復している。
 舞台の下手側奥にグレイのふたつのゴミ箱−どこにでもある、そしてどこにもない、色調や形態の美しいこの日用品の大きさの−、そのなかにハムの両親、父親のナッグと母親のネルが入っている。しばらくして、蓋をあけて顔をのぞかせたナッグはパン粥を欲しがるが、ハムの言いつけによっても、クロヴは老人が食べるには固すぎるビスケットしかもってこない。ナッグの呼びかけに別のゴミ箱から顔をのぞかせるネル。ふたりの老人たちは、ぼそぼそと、しばし思い出話に花をさかせるが、やがて、その場の支配者ハムに静止させられてしまう。いらだっているハムはクロヴにそれらを海に捨てるようにいいつけるが、そこに姥捨てをみる必要はない。
 ふたりがゴミ箱のなかに身を沈めたあと、あいかわらず、その関係性を垣間見させるような茶番を続けるハムとクロヴ。そのなかで、このいびつだというしかないふたりの関係が、少しずつあきらかになってくるかのようにみえる。クロヴはハムのところに連れてきた自分の父親すら、小さすぎて覚えていないと打ち明ける。そのクロブの父親替わりだったと話し始めるハム。しかしクロヴが話を遮り、すべては明らかにされない。クロブが脚をひきずって台所に去ったのちに、ハムはふたたびゴミ箱から顔をだしたナッグに、その小さな子供を連れた物乞いの男の話をはじめるが、ここでも遮られる。ナッグによってハム自身の子供の頃の話も語られるが、断片的でしかない。
 ハムもクロヴも、この関係がいつまでも続かないことを知っている。ハムはなぜこの茶番を繰り返すのか、と相手に問い合わせてみたりもするが、クロヴは習慣にすぎないと答えるのみである。それでもクロヴは冒頭の台詞−もちろん何がおしまいなのかはあきらかにされない◇◇を繰り返し、観客たちはその冒頭の音節の音を思い出す。さて、おしまいなのは、何なのだろう。
 そしてハムはクロヴに感謝の言葉を投げかけ、また相手にも同じ言葉を求める。ふたりは感謝しあうが、つづくハムの依頼に、クロヴはもう立ち去ったあとだ。ハムはふたたび男の話をはじめるが、クロヴが戻っていることに気がつかない。ゴミ箱の父親からも返事はない。母親はすでに息絶えてしまっている。やがて、ハムも最初と同じ布切れを顔にかけて動かなくなる。
 アイルランド人サミュエル・べケットが、1953年にパリで上演した『ゴドーを待ちながら』で、一躍20世紀を代表する劇作家となったことはあまりにも有名である。その次作として書かれたこの作品は、ロンドンとパリでフランス語で初演された。二番煎じだとも、あるいは傑作だとも、評価は分かれているが、あまりにも上演の機会が少ないのが残念である。むしろ前作と対をなす作品と位置付けられるようにも思われる。
 その作品を上演している南仏マルセイユの演出家F=M・プサンティとテアトル・デュ・ポワン・アヴゥグルは、今回、別のプロジェクトでの来日で、いわば、この公演は付け足しなのであろう。そして、これは、おそらく、彼らがすでに何年にもわたって数多く上演してきたものに違いない。しかし、4人の登場人物を演じる俳優たちの作品に対する新鮮さ、それに最小限の装置と照明、それらは、けしてツアー・ヴァージョンではなく、原作がもつ研ぎ澄まされた読解からもたらされたものであることが理解できる。
 そして、この公演は、主宰者の意向から、昨年よりレパートリィ・システムを取り入れたここの劇場のプログラムのなかで上演された。開演前、劇場の前ではアヴィニヨン・ピュブリック・オフだという声も聞かれた。それは、劇場のキャパシティについての言及なのだろうが、フェスティヴァルには相違ない、こちらは「春の団祭り」と名付けられていたことをも付け加えておこう。
(2003年5月23、24日、こまばアゴラ劇場)

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