フラン•パルレ Franc-Parler
La francophonie au Japon

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ジャック・カーニャ、一つ星レストランシェフ
投稿日 2004年1月1日
最後に更新されたのは 2017年4月28日
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ジャック・カーニャ:「料理はインスピレーションです」
 
新しい料理は、インスピレーションから生まれます。ミシュランの一つ星のついたパリのレストランのシェフで、親日家でもあるジャック・カーニャ氏。彼の語るサクセスストーリーとは―。
 
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フラン・パルレ:料理の世界に入って、もう長いのですか?
ジャック・カーニャ:はい、13歳半のときからです。1956年にムーリスホテルで見習いとして3年間働き、その後、3ヶ月は他のレストラン、次の6ヶ月はこっちのレストランといった具合に修行をしました。また英語が話せるようになるためにロンドンにも行き、その後23歳で、妹とパリの17区に小さなレストランを開店しました。『ラ・フィセル』というレストランで、10年間続きました。1975年、『ジャック・カーニャ』を開き、1992年には『ラ・ロティスリー・ダン・ファス』をオープンしました。それから2000年に、『ジャック・カーニャ』から歩いて1分のグラン・オーギュスタン通りの25番地に、シーフード専門のレストラン、『レスパドン・ブルー』を開きました。
 
フラン・パルレ:見習い期間にはどのような段階があるのですか。
ジャック・カーニャ:現在は2年間ですが、当時は3年ありまして、一年目はお菓子作り、2年目は冷料理を学び、その後、半年は魚料理、残りは肉料理を学びました。
 
フラン・パルレ:料理の世界で若者が働くのは簡単ですか?
ジャック・カーニャ:いいえ。大変厳しいです。ですから最近ではスタッフを見つけるのに苦労しています。若い人たちはキツイ仕事はしたがらないので。彼らは、午前中か夜だけ働きたい。土日は休みがいいといいますからね。今では従業員を見つけることよりも、お客を見つけるほうがよほど簡単なことなんですよ。
 
フラン・パルレ:『ジャック・カーニャ』のほかに、なぜレストランを開いたのですか?
ジャック・カーニャ:1992年に『ラ・ロティスリー・ダン・ファス』を開いたのですが、そのころ大変景気が悪くなり、高級レストランの売り上げが減りました。1998年に景気が盛り返すまで経営を続けることができましたが。それ以後レストラン業界は復活し、今はうまくいっています。1992年から1998年の間に高級レストランの売り上げは、30パーセントほど下がりました。でもこの不景気のおかげで他のことをするチャンスができました。高級レストランに来るお客さんも、毎日のようにはミシュランの星のついたレストランで食事をすることはできません。彼らは、ネクタイを締める必要もない気取らない場所で、シンプルでおいしい料理をお腹いっぱい食べたいのです。わたしのレストランは、そういうレストランでした。私自身も友達と出かけたときは、雰囲気の良いお店でおいしい料理を手ごろな値段で食べたいと思いますから。
 
フラン・パルレ:『ジャック・カーニャ』は他のレストランと比べて、どんな特徴がありますか?
ジャック・カーニャ:他と比べて? 難しい質問ですね。私のレストランは、パリで最も素晴らしいレストランの20軒のうちのひとつに入っていると思っています。300年前に建てられた館の中にあり、それと同時代のオランダの絵画が飾られ、とても個性的な装飾が施されています。
 
フラン・パルレ:ワインは随分と特別なものがあるようですね。
ジャック・カーニャ:1880年から現在までのワインで、600種類ほどあります。フランスの中でも最も素晴らしいセラーの一つを持っています。
 
フラン・パルレ:大変な投資額なのでしょうね。
ジャック・カーニャ:レストラン自体にかけた額よりもはるかに高いです。でも、それは価値のある投資です。銀行にお金を預けるよりも、セラーにワインを寝かせて置くことのほうがよっぽど意味があると思っています。
 
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フラン・パルレ:あなたが料理の世界の流行を作っていると思いますか?
ジャック・カーニャ:流行を一人で作るのは難しいことです。オートクチュール界のブームと同じで、知らないうちに流行ができています。なぜ、ロングスカートが流行ったり、ミニスカートが流行ったりするのですか? なぜ、フランス料理にオリーブオイルを使うようになったのですか? 今では誰もがフランス料理にオリーブオイルを使うようになりました。私はニース出身で、オリーブオイルを使った料理が好きですので、私自身も使っています。料理のブームは、レストランからレストランへと知らないうちに広がっていくのです。
 
フラン・パルレ:広めていきたい食材がありますか?
ジャック・カーニャ:本当に何でも料理に使うのが好きなんです。常に目新しい食材がないかと探しています。まだマーケットで売り出していない食材を、一番最初に発見するよう心がけてきました。例えば、パリでノワームティエーのジャガイモを私が最初に使いました。ある日、ランジス市場で、とっても小さなジャガイモを1ケース勧められました。まだ売れなくて、市場の人たちもどうしたらよいか困っていました。皮をむくこともできないほど小さなジャガイモです。ですから皮つきで料理しました。これは大成功で、ジャーナリストがこのことをとりあげ、今ではみんな使っています。25年以上前から、私が最初、あるいは最初に使った料理人のうちの1人だという食材がかなりあります。私のレストランの『レスパドン・ブルー』では、パンの中に海藻を入れて焼いています。多分、これも私が初めてトライしたのではないでしょうか。
 
フラン・パルレ:常に新しい料理を作りだしているのですか。
ジャック・カーニャ:たぶんジャーナリストが考えていることとは反対に、本当にオリジナルな料理というのは、なかなかないものです。トロワグロというシェフが、私に「一生のうちに、三品か四品、今まで誰も作ったことのない本当の創作料理を作らなくてはいけなかった」と言ったのを覚えています。料理の世界にも、絵画や音楽のように流行りがあります。ある人から影響を受けて作り、それからちょっとアレンジして、新しいものが生まれていくのです。魚のマリネなどは、日本料理からインスピレーションを受けているんですよ。
 
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フラン・パルレ:日本語も話せるそうですね。
ジャック・カーニャ:15年以上も前に、600時間日本語のレッスンを受けました。仕事では残念ながら話す機会がないので、随分忘れてしまいました。自分で言うのもなんですが、日本語の授業をこれほど受けたシェフというのは、パリで私だけだと思います。10時間や20時間ならレッスンを受けた仲間を知っていますが、みんな途中でやめてしまいました。とても難しい言葉ですからね。特に言葉は使わないと忘れてしまいますしね。パリで私のようなことをした人に出会ったことはないですね。日本でシェフをしていた人は別ですが・・・。
お客さまと日本語で話すこともありますが、いつも同じ言葉ばかりを話してしまいます。「料理はどうでした? おいしかったですか?」とか。話す機会があまりありませんので、本当にたくさんの単語を忘れてしまいました。
 
フラン・パルレ:あなたのレストランに、日本からの料理人見習いやソムリエがいますか?
ジャック・カーニャ:25年以上前から、1人か2人は必ず日本人の研修生がいます。もっとも、東京にヴァカンスで訪れたときにとてもびっくりしたことがあります。以前、私のところで働いていた日本人が、どのようにしてか分かりませんが、私が東京にいることを知り、同じようにパリで修行をしていた20人ほどのシェフを集めてレストランに招待してくれました。プレゼントまでもらって、それはそれは本当に感激した出来事です。
 
2004年1月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:三枝亜希子



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