フラン•パルレ Franc-Parler
La francophonie au Japon

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ラ・ヴォレ・ド・カストール、カナダ・ケベック州の民族音楽グループ
投稿日 2003年3月4日
最後に更新されたのは 2017年5月12日
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ラ・ヴォレ・ド・カストール:足でリズムを!
 
ラ・ヴォレ・ド・カストールは24歳から32歳までの6人の若いメンバーから成るカナダ・ケベック州の民族音楽グループです。民族音楽とは言っても、彼らの作品は時代にマッチした実に新しいものなのです。
彼らは、3月20日にフランコフォニ−の夕べの為、東京に来ます。グループのリーダーで、最年長のマルタン・マイロに話を聞きました。
 
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フラン・パルレ:グループ名“ラ・ヴォレ・ド・カストール(ビーバーの一群)”の由来は?
ラ・ヴォレ・ド・カストール:実は、私たちが言ったジョークから出来たんです。その頃、私たちはダンスグループの仲間同士でした。ケベックでは夜、たき火を囲んで皆でよく集まるんですよ。そこで私たちもいつものように火の廻りに集まり、音楽を演奏したりしていました。そのとき誰かが「おい、ビーバーの群れだ!」と叫んだんです。反射的に皆が空を見上げました。その後はもう大爆笑です。ビーバーが空を飛ぶなんて、不可能でしょ。雁や、鴨が空を飛ぶのならありえますが、ビーバーが空を飛ぶなんて、ないでしょう。私たちはこれがおかしくって、この名前はいけると思ったのです。こうして名付けてから、もう11年になります。
 
フラン・パルレ:グループでのあなたの役割は?
ラ・ヴォレ・ド・カストール:アコーディオンやボドランというアイルランドのパーカッションを担当しています。これは大太鼓のばちでたたきます。そのほかにジャンべというパーカッションも演奏します。歌も歌いますが、メインで歌うことはありませんね。
 
フラン・パルレ:ジャンべはアフリカの楽器だと思いますが…
ラ・ヴォレ・ド・カストール:ええ。私たちの音楽はたくさんの音を取り入れています。それにジャンべは素晴らしい楽器ですからね。ケベックではとても有名な楽器なんですよ。モントリオールは多民族が住む街ですので、世界中のあちこちからやってきたパーカッションと出会うチャンスがあるのです。
 
フラン・パルレ:カナダでは、ケベックの民族音楽はどのような位置にあるのでしょうか。
ラ・ヴォレ・ド・カストール:最近はまたブームになっています。全カナダと同じように、フランス文化圏のケベックにもたくさんの民族音楽をやっているグループがいます。有名な“ボティーヌ・スーリアント”は世界中で公演をして、もう30年になります。彼らは私たちに道を開いてくれたのだと思っています。それから私たち民族音楽を演奏するミュージシャンたちのエネルギーや努力が今のブームを作っているのだと思います。最近のケベック音楽は本当に面白くなってきていますよ。
 
フラン・パルレ:デビュー後、すぐ成功したのですか?
ラ・ヴォレ・ド・カストール:いいえ。時間がかかりました。はじめ、私たちはダンサーでしたので、何よりも先に音楽を学ばなくてはいけなかったのです。
1枚目と2枚目のアルバムでは、それほど注目されていませんでしたが、3枚目のアルバムでようやくカナダの他の州とケベック州で本格的に知ってもらえるようになりました。そしてアメリカでいうグラミー賞のような、ジュノ・アワードというカナダの賞にノミネートされ、大西洋岸から大平洋岸まで、つまりカナダ全土で認められるようになったのです。またケベックではVDCというアルバムで、2001年伝統音楽アルバム部門でフェリックス賞(ケベックの詩人フェリックス・ルクレールから)を受賞しました。
この賞をもらったことで、私たちは世間に知られるようになり、晴れてメジャーグループの仲間入りしたことを証明することができたのです。
 
フラン・パルレ:ケベック音楽の楽器は何ですか。
ラ・ヴォレ・ド・カストール:私たちが使っている楽器は、全音階のアコーディオン、バイオリン、ギター、マンドリン、コントラバスです。ツアーの時にはコントラバスはとても大きな楽器ですので、持っていけないこともあります。そのときは電子ギターを持っていきます。また、とても伝統的なものとして、足を踏みならしてリズムをとる役割をする人がいます。その人は椅子に座って足で拍子をとって音を鳴らすのです。私たちのグループでは、最年少の24
歳のフレデリック・ブルジョアがそれをやっていますが、彼はケベックで最高の腕前です。ジーグという急テンポな踊りを踊っていたダンサーで、板を使ったそのパフォーマンスは見事なものです。
 
フラン・パルレ:主にどういう舞台で公演するのですか。
ラ・ヴォレ・ド・カストール:ケベックのスペクタクル会場や、カナダ西方のカルガリーやバンクーバーなどのフォークフェスティバルなどです。去年の夏にはイタリアとイギリス、スペインでフェスティバルに参加しました。スイスとデンマークではコンサートをやり、大盛況でした。
 
フラン・パルレ:他のグループとの違いはどこにあると思いますか。
ラ・ヴォレ・ド・カストール:舞台で私たちが発散するエネルギーではないでしょうか。躍動感溢れる舞台で、楽器と一緒に動き回ったりするのです。(小さな楽器では)そういうことが可能なので、私たちは舞台では大胆に激しくなれるのです。つまり歩き回ったり、歌ったり、ちょっとしたお芝居だってやってしまうということです。それに音楽自体がとてもエネルギッシュなものですから、観客も私たちの音楽に触れた瞬間、何かを感じるのだと思います。
それから私たちには仲間と一緒に演奏することができる喜びがあります。昔からの友人同士で、音楽をやる前の、ダンスをやる前からの友達なのです。それが舞台にも現れているのではないでしょうか。
 
フラン・パルレ:ノラナイ観客はダメですか?
ラ・ヴォレ・ド・カストール:ダメですよ。見つけて、手をたたかせます!みんなが動いて、私たちと楽しい時を過ごせるように、出来る限りのことはします。なぜなら私たちは、出会った人と素晴らしい時間を共有したいと思っているからです。
 
フラン・パルレ:あなたたちの作品の原点は?
ラ・ヴォレ・ド・カストール:何年もの時を経て、私たちのところにきた古いフランスの伝統音楽です。ケベックはフランス語圏ですから。ケベックは、昔フランスの植民地で、その後イギリスに支配されたので、たくさんの文化が混ざりあっているのです。伝統的な古い歌を収集しに人の家族の中に入ることもありますし、大学に探しにいったりします。どこにでも行きますよ。
30年か40年前に録音されたレコードから探したりもします。それから100年、200年前の生活を歌っている歌詞を取り上げていきます。
それを修復し、手を入れ、ほこりをとって、今のものに変え、現代の人の心を惹くものに変えるのです。こうして私たちの音楽は出来上がるのです。
音に関して言えば、ケベックにある音楽作品を見つけ出します。でも私たちができること、それは古いものから新しいものを作り出すことです。30年後、40年、50年後に私たちの音楽がケベックの伝統音楽として残っているために。民族音楽を皆に知らせること、ケベック音楽に自分達の作品をちょっとだけ付け足すことが、私たちの使命だと思っています。
 
フラン・パルレ:フランスのどの地方から来た音楽ですか。
ラ・ヴォレ・ド・カストール:ポワトゥ−、ノルマンディー、ブルターニュ、南仏、ガスコ−ニュとあちらこちらです。パリ近郊や、リヨンのものもあります。フランスの至る所にケベックの音楽のルーツがあるのです。
素晴らしいことは、私たちが歌い、ケベックの音楽シーンのなかに入った音楽をまたフランスに持って行き、フランス人がそれをリメイクする。また彼らはここケベックまで音楽を探しにやってきて、フランスでそれを作り上げたりもします。“メ・スーリエ・ソン・ルージュ”というフランスのグループは、ラノーディエール地方にやってきて、何曲かを選び、フランスに持ち帰っていきました。こうしてケベックの民族音楽はフランスでも聴かれるようになりました。とてもいい具合に循環していると思います。
私たちが作った音楽はすでにケベックの音楽となり、今となってはフランスのものではありません。なぜならフランス人によって何年間も見捨てられていたり、変化してしまったものだからです。
 
フラン・パルレ:歌の内容は?
ラ・ヴォレ・ド・カストール:お酒の歌です。ケベックでは音楽に登場するのは3つ。お酒と、結婚、そして女です。だいたいこの3つですね。いつもケベックの歌にはお酒がまつわっています。寒い気候のせいかもしれません。昔からたくさんのお酒が藁葺きの家の中で飲まれていたのでしょう。これは今もなお変わることなく、歌の中に息づいています。
 
2003年3月
インタヴュ−:エリック・プリュウ
翻訳:三枝亜希子



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