フラン•パルレ Franc-Parler
La francophonie au Japon

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シャンソン歌手、ジュリエット・グレコ
投稿日 2002年10月1日
最後に更新されたのは 2017年5月17日
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ジュリエット・グレコ:サンジェルマン・デ・プレからの伝言
 
『パリの空の下』『アコーデオン』『ジョリ・モーム』のフレーズを誰もが耳にしたことがあるのではないでしょうか。これらは、今もなお新鮮であり続けるシャンソン歌手、グレコを代表する名曲です。黒い衣装をまとった円熟のマダムの歌はミステリアスな魅力に包まれています。
 
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© Franc-Parler
フラン・パルレ:日本のファンは、なぜあなたに夢中になるのだと思いますか?
ジュリエット・グレコ:皆さんに聞いてみないと分かりませんね。よく分かりませんが、多分、詩に対する情熱ですとか、フランス語への憧れなんかがあるのではないでしょうか。
 
フラン・パルレ:今日も黒の洋服をお召しになっていますが、デビュー当時から変わらず黒を選んでいる理由はなんですか?
ジュリエット・グレコ:私の父は地中海の人で、母はボルドー出身です。この二つの土地では女性はいつも黒い服を着ていました。何千年も前からこのような習慣があったのだと思います。グレコという名前はギリシャから来たのでしょうが、ここでも女性は黒をよく着ています。ですから私が黒を選ぶのは、自然な流れなのです。それに黒い衣装を着ていると、私自身が何かから守られているような気がするからです。
 
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©Koh Okabe
フラン・パルレ:あなたのことを黒で表現した言葉がたくさんありますね。ある作家はあなたを“黒い声を持つ人”だと言っています。
ジュリエット・グレコ:“暗闇の声”、それはマッコルランが言いました。覚えていますよ。コクトーは、“黒いセーター”と言いました。
 
フラン・パルレ:“魚”というのもありましたね。
ジュリエット・グレコ:それは、モーリアックです。
 
フラン・パルレ:探せば、色々な作家が見つけられますね。
ジュリエット・グレコ:ええ、たくさん見つかりますよ。クノーは、“黒いバラ”と言いました。本当にいつも黒がでてきますね。
 
フラン・パルレ:こんなに偉大な人物たちと交遊があり、恵まれていると感じたことはありますか?
ジュリエット・グレコ:もちろんです。幸福感、そして特別な人生を与えてもらい、おかげで今もそういう人生を送り続けることができていると思っています。私を気に入ってくれている人たちは、私自身がそういう人生を築いたといってくれますが、私はこの素晴らしい人々との出会いのおかげであったと思っています。
 
フラン・パルレ:彼らとはどのように知り合うことができたのですか? 偶然に? それとも何かの繋がりで?
ジュリエット・グレコ:初め、皆が私に会いたがってくれたのです。まだ私が若かった頃。16歳か17歳頃です。私は一風変わっていました。その当時にはいない反体制的な自由奔放な娘で、衝撃的だったと思います。スキャンダルに足が生えたみたいな娘でした。そう、黒を着たスキャンダルが現れ、世間を困惑させました。私は当時、自分に何が起こっているのか、さっぱり分かりませんでした。今振り返ってみて、ようやく何が起きていたのか分かるようになったのです。しかし、私は有名になどなろうとしたことはありませんでした。なんとなく、事が運んでいったのです。
 
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© Franc-Parler
フラン・パルレ:素晴らしいことではありませんか?
ジュリエット・グレコ:魔法ですよ、魔法。
 
フラン・パルレ:ノスタルジーに浸ることはないとおっしゃっていますね。
ジュリエット・グレコ:ええ。なぜなら私の心の中に皆が存在し、いつも一緒にいるからです。私の内面は、まだ若い頃のままなのです。外見は・・・これは仕方がありませんね。心の中は幸せでいっぱいです。皆と一緒にいますから。
 
フラン・パルレ:パリのサンジェルマンはすっかり変わってしまいましたね。街も、雰囲気も。(伝統的なカフェがすたれ、)ファッションブティックが建ち並んだことをどのように思いますか。
ジュリエット・グレコ:それに対して闘っています。いつものようにね。私たちは「SOSサンジェルマン」という組織を作って、まだ守れるものを救っていこうとしています。街はすでに汚されています。できるなら、追い出せるものは追い出してしまいたい。しかし、お金を持たずに、多額のお金に対決することは容易ではありません。でも私たちだって強いんですよ。サンジェルマン・デ・プレとベニスを姉妹都市にする計画をしているんです。素晴らしいアイディアだと思いませんか。そして私たちは「ゴミを置きっぱなしにするのはやめて。他にふさわしい場所があるでしょう」と言い続けるつもりです。
 
フラン・パルレ:他にも闘うべきことがあると思いますか?
ジュリエット・グレコ:もちろんです。それは現に私が闘っている問題です。つまり、自分たちと違う人間を排除したり、無理解に対して闘うことです。ホモセクシャルや有色人種、多くのマイノリティーたち。全くスタイルの違う人たちを排除することに対して闘うことです。自分たちと違うと、まるで血の色までも違うように・・・。
 
フラン・パルレ:その闘いには楽観的ですか?
ジュリエット・グレコ:はい。絶望的になることもありますが、楽観的でいたいと思っています。
 
フラン・パルレ:あなたは(黒人アーティストの)マイルス・デービスにサービスを拒んだ給仕頭の手に、唾をかけましたよね?
ジュリエット・グレコ:手の上にでなく、手の中にです。とても丁寧にしたんですよ。(笑)「手をお貸しいただけますか?」「手を開いてください」と言って、唾を吐き、その手を閉じました。大変礼儀正しくしました。(笑)数年後、彼は後悔したでしょうね。だって、マイルスは世界のどのスターよりも輝くスターになったのですから。あの黒ん坊は才能があったのか・・・と。
 
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©Koh Okabe
フラン・パルレ:あなたは他の人と違う風に生まれたとおっしゃいました。スキャンダラスで、そういう好みで・・・
ジュリエット・グレコ:スキャンダラスを好んでしたのではなく、天性のものです。ブロンドの髪だったり茶色の髪であったり、青い目をしているといったように、もって生まれたものなのです。人間は色々なものを持って生まれてくるでしょ。
 
フラン・パルレ:『やさしく脱がせて』はどんな思いであの時代に歌ったのですか?
ジュリエット・グレコ:あれはとても素敵な歌だったのと、あの頃誰も出来なかったことだからです。世間は驚いたと思いますよ。だって私はそれまで詩人や作家が書いたポエティックなものばかり歌っていたのですから。面白いと思いましたし、ある意味、真実のことだったからこの歌を世に出したいと思いました。女性には皆、歌の中の女性が存在すると思います。そうであってほしいですね。
 
フラン・パルレ:レパートリーを広くお持ちですが、なぜそんなに集めるのですか。
ジュリエット・グレコ:気に入ったものを選んでいるのです。私は欲しいものを永遠に探し続けます。気に入ったアクセサリーが見つかれば、それを手に入れますし、それが花かもしれませんし。
 
フラン・パルレ:ゲンズブールやブレルとはどのような関係でしたか。
ジュリエット・グレコ:時期は違いましたが、ほとんどまだ世間では知られていない二人でした。私はこの二人の才能を前にすっかり参ってしまいました。二人は世間では同じような扱いをうけていました。「わあ、耳が大きい。ブサイクだわ」とか、もう一人は「出っ歯で動物みたい」といったように。この二人の思想や、声、言おうとすることに耳を傾けることをせずに。ひどいですよ。でも結局は世間に受け入れられたと思いますけどね。
 
フラン・パルレ:ツアーは随分前から準備をするのですか。仕事はどのようになさるのですか?
ジュリエット・グレコ:年中働き続けているので、前もって準備をする必要はありません。夫のジェラール・ジョアネストとの人生はとても幸せで、私たちは一緒に仕事をしています。この環境は最高だと思いますよ。夜中の1時に仕事をしたければ、そうしますし、何か考えがあれば、すぐに変更できますしね。お互い愛し合って、尊敬しているこの関係は本当に心地のよいもので、もしこの関係がなかったら・・・。私は耐えられません。
 
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©Koh Okabe
フラン・パルレ:ミュージックホール・スタイルのショーは今はほとんどが消えてしまいました。現在のショーはメインのアーティストだけで行われているようですが・・・
ジュリエット・グレコ:とても残念なことだと思っています。たくさんのアーティストの出演の場を奪ってしまったのですから。アーティストやショーの出し物は今、危機にさらされています。何年か前にカルダンでコンサートをしたときは、ひどかったです。お客さんはミュージックホール・スタイルというものには全く慣れていなくて、最も不作法なやり方、つまり第二幕目から会場に来たのです。彼らはポスターのトップに書かれているアーティストを見に来ていて、他のアーティストは面白くないと思っているのです。実際は、大変面白いものですし、熱中してしまうものなのに・・・。
 
フラン・パルレ:ミュージックホール・スタイル消滅の理由はなぜだと思いますか。
ジュリエット・グレコ:お金の問題です。いつものようにね。そんなに込み入った問題ではありませんよ。失業と同じで、ただお金の問題です。ショービジネスの世界も失業問題に直面しています。深刻ですよ。
 
フラン・パルレ:あなたのファンは変わってきていますか?
ジュリエット・グレコ:私と正反対にとっても若い人たちが多いです。私が年をとればとるほど、若くなっていく。素晴らしいことですよ。会場の90%は若い人たちで占められていて、それはドイツでもフランスでも、他のどこの国でも同じです。ここ、日本ではどうなるでしょう。とても楽しみですね。
 
2002年10月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:三枝亜希子



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