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『アダマン号に乗って』 Sur l’Adamant
Sur l’Adamant
© TS Productions, France 3 Cinéma, Longride - 2022

『アダマン号に乗って』
 アダマン(L’Adamant)は、セーヌ側に浮かぶ表面積650平方メートルの木造建築の船。エンジンは搭載されていないのでクルーズはできないけれど、ここに集まる人たちの心は出会いを楽しむ旅人のようにきらめいている。船が停泊している場所は、リヨン駅に近い、ケ・ドゥ・ラ・ラペ(Quai de la Rapée)。人々の口調はややゆっくりとしていて、穏やか。木々の緑が揺れ、水面がキラキラと光る中、絵を描いたり、歌を歌ったり、カフェタイムを楽しんでいる。ミーティングでは新しいイベントの企画の提案や話し合いが行われる。コロナワクチンが体にどんな作用を及ぼすのかを知りたいと、声を上げる人たちも……カメラはそのようすを静かにとらえる。ドキュメンタリー映画の登場人物となった彼らの表情は自然で、映像に柔らかく溶け込んでいる。
映画を見ている途中でふと気づく。アダマンは、精神科医療を受ける患者たちのデイケアセンターであることを。映画に登場する彼らがあまりにもさりげなくて、あまりにも当たり前にようにふるまっていて、彼らが「患者」という立場であることを一瞬忘れてしまうのだ。
「多くの準備をせず、偶然に身を任せて撮影を行う」ニコラ・フィリベール監督の姿勢が生み出した映像には、被取材者たちへの敬意が感じられ、その敬意を受け止める彼らには被取材者たちへの敬意が感じられる。そしてその敬意を受け止める彼らは、監督に信頼のまなざしをまっすぐに向けている。それ故だろうか。世間の無理解や誤解にさらされ不自由を強いられがちな患者たちが「映画に出演する」プロセスを経て、1人の人間としての尊厳を取り戻しているように感じられる。
フィリベール監督が精神科医療について撮った作品は、本作が2度目となる。1995年に撮影した『すべての些細な事柄』で出会った臨床心理学者のリンダ・ドゥ・ジテールがアダマン号で勤務することとなり、本作誕生のきっかけとなった。今でもアダマン号に通う彼女は、”映画撮影”というイベントによって現場が生き生きと輝き出し、スタッフや患者たちに影響を与えたことを実感したという。”Je suis guéri ! (病気が治った!)“ と明るい声を上げた患者も。「カメラを向けるということは、対象者を威嚇し恐怖心を抱かせる」と知るフィリベール監督は、アダマン号を訪れる人々に対して、「撮影依頼を自由に断ることができる」よう細心の注意を払い、100時間の素材を取り上げた。最終的に109分となった映画は、撮られることを選ばなかった人々、撮られた映像を使われなかった人々の思いをも背負っているのかもしれない。”精神医療”をテーマにした”ドキュメンタリー”がベルリン国際映画祭で金熊賞という栄誉に輝いたこと、その映画の共同制作に日本の映画配給会社「ロングライド」が名を連ねていること……「難しい」ことは決して「不可能」なことではないとあらためて知る。(Mika Tanaka)
 
監督:ニコラ・フィリベール
2022年/フランス・日本/109分
配給: ロングライド
 
Sur l’Adamant documentaire de Nicolas Philibert ; 2022, France, 109 min
 
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