『ヴォイス・オブ・ラブ』ドラッグやDVは登場しない。血のにじむような創作の苦しみや、パートナーや家族との確執が描かれるわけでもない。穏やかで幸せ、清潔感のある展開でありながら、なぜこの映画がこんなにも切なくて、ときとして涙ぐんでしまうことさえあるのだろう。始まりは1932年のケベックの農村、貧しさの中で育った1人の少年だ。彼は後に14人の子供の父親となる。その末娘アリーヌ(ヴァレリー・ルメルシエ)は、小さな頃から並外れた歌唱力を持ち、家族もまた彼女の才能を信じていた。やがて、家族の働きかけによってアリーヌは地元の名プロデューサー、ギイ=クロード(シルヴァン・マルセル)によってレコードデビュー、13歳にはパリのテレビ番組に出演するほどの売れっ子となる。家族に愛され、初恋の人と結婚をし、子供を授かりながらもステージに立ち続けるアリーヌ。まるで幸せだけを寄せ集めたかのような、美しい花束のような映像。流れる数々の名曲も美しい。なのになぜ、ときおり悲しい気持ちになってしまうのだろう。さわやかでユーモアあふれるアリーヌの演技も素敵だけれど、それを支える俳優たちの演技のなんて魅力的なこと。17歳になって見違えるようなレディーになったアリーヌを再会するギイ=クロードのうっとりするような表情、楽屋で突然泣き出すアリーヌに「泣いていいんですよ、悲しいときは」と寄り添うメイク担当のフレッド。そして、ステージに立つ彼女にお守りを渡すアリーヌのお父さん……愛だけで完成してしまう映画があることを知る。いや、愛に溢れているからこそ、歌姫の孤独の影はよりくっきりした輪郭を見せるのかもしれない。モデルとなったのは、セリーヌ・ディオン。「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」などの名曲を劇中で吹き替えて歌うのは、フランスの若手歌手、ヴィクトリア・シオ。しっとりした彼女の歌声と同じぐらい、アリーヌや家族たちが話すケベック訛りのフランス語が印象に残って、見終わった後はふわっとしたあたたかい気持ちになる。(Mika Tanaka)監督:ヴァレリー・ルメルシエ出演:ヴァレリー・ルメルシエ、シルヴァン・マルセル、ダニエル・フィショウフランス・カナダ/フランス語・英語/126分Aline de et avec Valérie Lemercier avec Sylvain Marcel, Danielle Fichaud, Roc LaFortune; 2020, France, Canada, 123 min

『ヴォイス・オブ・ラブ』 Aline
