フラン•パルレ Franc-Parler
La francophonie au Japon

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リュック・フェラーリ、作曲家(ミュ−ジック・コンクレ−ト)
投稿日 2002年4月1日
最後に更新されたのは 2017年5月24日
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リュック・フェラーリ:音から音楽へ
 
音を録音し、加工して音楽を作り出す。この作業を常に変革し追求してきたミュージック・コンクレート(具体音楽:川の音や街の騒音などを録音、編集したもの)の異端児リュック・フェラーリが去る1月26日と27日の両日、東京で行なわれたフェスティバル『リュック・フェラーリ日本零年—音楽のデペイズマン』でその成果を披露した。
 
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© Franc-Parler
フラン・パルレ:どんな道具を使っているのですか。
リュック・フェラーリ:DATレコーダだけです。旅行中はね。
 
フラン・パルレ:来日中に録音をしましたか。
リュック・フェラーリ:もちろん。何もかも目新しいことばかりですから。言葉も分からないし。言葉が分からないというのはとても面白いですよ。どんな風に人々が話しているのか理解しようと努めます。街の音にしても地下鉄にしても、何もかも新鮮です。
 
フラン・パルレ:新しい作品にこれを使うつもりですか。
リュック・フェラーリ:もちろん。全部ではありません。僕にとってはこれは資料集の一部でもあります。追々使うことになると思います。
 
フラン・パルレ:音を加工するときにどんなテクニックを使うのですか。
リュック・フェラーリ:まず音を選び、シナリオを書きます。これをコンピューターに入れ、プロトゥ−ルで加工します。それから編集し、変更を加えます。音を付け加えたり、ミキシングをしたりします。
 
フラン・パルレ:そのシナリオの秘密を明かしてくれますか。
リュック・フェラーリ:駄目です。人に言うものではありません。これは一つの仕事の手法なのですが、言っても意味がありません。楽器を演奏する時に聴衆に音符を見せる必要はないでしょう。それと同じです。
 
フラン・パルレ:仕事と言われましたが、あなたにとってミュージック・コンクレートとは仕事なのですか、それとも楽しみなのですか。
リュック・フェラーリ:両方です。楽しみがなければ嫌になるでしょう。だからあくまで楽しくできなければなりません。作曲は難しいですし、途方もなく時間がかかりますから。楽しみでなければ続きませんよ。興味を維持させることが大切です。聴衆の興味を惹き付けることも大切です。時空の中で生じる音の面白さに興味深く耳を傾けてくれる状態を保たねばなりません。作曲とは時間の構成ですから。
 
フラン・パルレ:録音した音だけでなく、ピアノもお好きですね。
リュック・フェラーリ:元はピアニストでしたから。ピアノ用の仕事は随分やりました。ピアノは完結的でダイナミックでかつ優しい楽器なので好きです。でもぼくはありとあらゆる楽器に関心があるんです。交響楽団の作曲もしていますからね。仕事のやり方は全然違ってきます。インスツルメンタル・ミュージックはずっと抽象的ですし、録音した騒音で構成する音楽は現実的で、もっと直接的な語りかけの要素があります。
 
フラン・パルレ:ラジオや映画の仕事をすることはありますか。
リュック・フェラーリ:映画はやりません。監督として現代音楽についてのドキュメンタリーを作ったことはあります。でも映画音楽はやりません。あまり興味がないし、商業映画はあまりにも商業的なのでやりません。自分で映画を制作するならやりますが。
 
フラン・パルレ:実験映画はどうですか。
リュック・フェラーリ:50年代から60年代にこのタイプの映画を作りました。この時代の映画は実験的な性格があったんです。今はインスタレーションをやっています。ビデオを実験的に使っています。でもこれは一人でやっていることであって、他の監督たちとではありません。
 
フラン・パルレ:どんなミュージシャンの影響を受けていますか。
リュック・フェラーリ:私の年にもなると、上の人たちのことを気にする必要はないと思いますが、自分が属しているミュージシャンのファミリーを挙げることはできません。つまり、西欧、どうしたってヨーロッパですね。ヴァレーズ、ジョン・ケージ、シェフェ−ル、ピエール・アンリなど、いずれも僕の世代が親しんだ人々です。ストックハウゼンなどもそうですね。この人たちと友達になって生活を共にしたことも、色々な実験をしたこともあります。私は50年代の世代に属していますが、この世代は20世紀後半の音楽のあらゆる傾向を多少なりとも体験しています。
 
フラン・パルレ:50年代の動きは技術的なものによるのでしょうか。
リュック・フェラーリ:違います。美学的なものです。ドビュッシー、ラヴェル、バルトーク、ストラヴィンスキーなど、20世紀の前半にはまだ調性がアクティブでしたが、これをラディカルな美学によって放棄するという特殊な作業が行なわれました。50年代には12音音楽やセリ−技法によってこうした美意識ときっぱり絶縁しようという動きがありました。そこから一種の作業のメソッドのようなものが生まれ、それがあらゆるメソッド同様、それ自体アカデミックなものになりました。そこにとどまるか、そこから出るか。僕はいつも自分らしい仕事をするために、そういうものを脱却して自ら実験を行なうようにしてきました。横断的な実験です。制度的なものやアカデミズムには興味がありません。過去のデータに依存するのはちょっと怠惰な感じがします。僕は常になにかを突き抜けていきたいのです。
 
フラン・パルレ:あなた自身人に教えたり講演したりしていますが。
リュック・フェラーリ:講演はしています。この大学で行なったようにね。僕は時々シンポジウムもやります。テーマを特定してね。でも教えてはいません。教育に関心を持ったことが一度もないのです。教育は思考を制度化します。人に教えていると立ち止まってしまうし、ずっと同じリズムで生活しなければならないのは恐怖です。毎週一度なりニ度なり同じところへ行かなければならないとしたら、たぶん耐えられないでしょう。
 
フラン・パルレ:音楽の創作は興が乗ったときにマイペースで行なうのですか。
リュック・フェラーリ:僕には作るべきものがある。それは自分の中から出てくるものです。何かを仕上げたときにはもう他のものを始める欲求を感じています。依頼に応じて作るにせよ個人的必要にせよ、僕のイマジネーションを探索する必要性があればシチュエーションの如何に関わらず僕は仕事をします。注文があろうがなかろうがね。
 
フラン・パルレ:レコード会社の依頼ですか。
リュック・フェラーリ:例えばフランスでは(僕はフランス人なので)、オーケストラや個人の団体や公的機関から来ます。文化省を通して依頼が届きます。つまり、一つの楽団が僕に何かを注文する時は、文化省が発注するのです。楽団にはお金がありませんから。ラジオにしても欧州の諸機関にしても同じです。
 
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©新しい世代の芸術祭
フラン・パルレ:人間の声の録音を使うこともありますね。ファー・ウエスト・ニュース・ナンバー・スリーのクリントン事件のコメントなど。特に選んだ部分なのですが。
リュック・フェラーリ:はい。僕は日常の事象に依存すると同時にそれを捜し求めています。日常生活の中で何が起っているのか?僕が生きている今ここで。1998年はたまたまクリントン事件が起こり、大変な話題になっていました。どの新聞もその話題で持ちきりでした。クリントンの告白、検事の攻撃などなど。だからこうした話題に無縁でいることはできませんでした。僕はこれを表現することにしました。大して難しいことではありません。人々が街中でも店の中でもいたるところでこの話をしていたからです。僕は自分が見聞きしたことを少し話しました。コメントは自分では行なわず、他人のコメントを収集しました。
 
フラン・パルレ:インターネット上の無料の配信には賛成ですか。
リュック・フェラーリ:いいえ。あまり賛成しません。僕にとってインターネットは資料探しの手段として関心がありますが、音質がとても悪いので、音響的には感心しません。でもインターネットには僕についての資料があって、どんなCDが出ているのか調べることができるし、それを注文することもできます。だからインターネットは仕事の道具としては便利ですが、放送という点では貧弱です。今後進歩するのは確かですが。
 
フラン・パルレ:東京のコンサートの後は何をしますか。
リュック・フェラーリ:京都に行って皆がするように観光をします。でももちろん録音もします。面白い音があって、風が強くなければね。風はほんとに困ります。でもいつだって風の当たらない場所が見つかるから大丈夫。録音というのはアイデアと録音可能な場所との両方ですからね。録音は作曲のイマジネーションの一部なんです。つまり作曲のはじまりであると同時にすでに作曲家の行為でもあります。これは技術者の行為ではありません。アイデアは僕が前に聞いたものから来ます。もし予期せぬ音が聞こえてきたら、位置を探します。方向付けはとても大事です。音がどのように壁に反射しているか見なければなりません。また風をどのように避けるかも大事です。風は録音の大敵ですから。
 
2002年4月
インタヴュ−:エリック・プリュウ
翻訳:大沢信子



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