『たかが世界の終わり』 Juste la fin du monde“家は、安らぎの港ではない”。オープニングのシーンで、フランスの歌姫・カミーユが英語で歌う歌詞がいたい。血が通うことのない、空虚な家族のありさまが淡々と描写される歌を、字幕が追いかける。しかし、この映画で描かれるのは、カミーユの歌のような家族でありながら、そうではない。この映画の登場人物は、誰もが、「愛されたい、愛し合いたい」という思いに溢れているからだ。「私はあなたを理解できない。でも、あなたを愛している。この思いは誰にも奪えないのよ」と、息子のルイ(ギャスパー・ウリエル)に寄り添う母・マルティーヌ(ナタリー・バイ)の言葉がそれを物語っている。ゲイであるルイは、家を出て作家として成功する。家に帰ることはなかったが、誕生日の絵葉書だけは家族に送り続けていた。そしてある日、自分がもうすぐ死に行く身であることを告げに、12年ぶりに帰郷する。結婚して子を授かり、地道な仕事で生計を立てる兄・アントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)。引っ込み思案ながらも、ルイの真意を読み取り、夫・アントワーヌとの関係を案じる兄嫁・カトリーヌ(マリオン・コティヤール)。幼い頃、家を出てしまった兄との距離感に迷いながらも、ルイへの憧れを素直に伝えるシュザンヌ(レア・セドゥ)。そして、騒がしく情にあつい母・マルティーヌ。テーブルを囲む様子は、決して”和気あいあい”というわけではない。アントワーヌはいつも不機嫌で、母に妻に妹に、粗暴な言葉を投げかける。そして、その粗暴な態度は、ルイにより強く向けられていく・・・・・・この映画でもっとも誤解されやすく、もっとも愛情に敏感なのは、アントワーヌではないかと、はっと気づく瞬間がある。不器用でお互いを傷つけてしまう、痛々しい家族模様。それは、もしかすると、波風立たないように取り繕う家族よりもずっとあたたかい居場所になり得るかもしれない。(Mika Tanaka)監督:グザヴィエ•ドラン出演:ギャスパー•ウリエル、レア•セドゥ、マリオン•コティヤール、ヴァンサン•カッセル、ナタリー•バイカナダ•フランス/フランス語/99分/PG12
『たかが世界の終わり』 Juste la fin du monde