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フレデリック・ペータース、スイス出身BD(バンド・デシネ)作家
投稿日 2013年3月1日
最後に更新されたのは 2017年7月18日
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フレデリック・ペータース、作品毎に変容する多種多型なバンドデシネ
 
フランドルの家系を辿るフランス語圏スイス生まれの漫画作家には、フランス・ベルギーそしてスイス型のバンドデシネ(漫画)について語って欲しいと願うところだが、フレデリック・ペータース自身はヨーロッパ全体のバンドデシネについて語る方を好む。ジャンルにおいても形態においても様々な方法を採用するこの漫画作家は、“2013年アングレーム・マンガフェステイバル”にて、「アーマ」シリーズにたいしてのシリーズ賞を獲得したところである。
 
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© Franc-Parler
フラン・パルレ:貴方の漫画作品には、全体が白黒で描かれている作品が幾つかありますね。その選択は物語に起因するのですか?
フレデリック・ペータース:実は当初はそうではありませんでした。白黒だけで描いたのは、当時、スイスの出版社アトラビルの仲間と自分達の本を出版していまして、カラーよりも白黒のほうが安上がりだということだったのです。理由は卑しくも商売上の問題で、恐らくどんな他のマンガでも事情は同じでしょう。
 
フラン・パルレ:貴方はペンをお使いですか、それとも筆でしょうか?
フレデリック・ペータース:筆を使います。いや、両方やってみましたが、今のところ筆を常時使っていて、これからもこれでいくでしょう。でもテーマによりますね。たった一度だけペンを使ったことがありますが、それは非常に写実的な推理小説を制作するためでした。ペンの硬質さや紙を擦るごつごつ感が、人間関係の甘美さよりも血や汗を表現するのによりあっていると私には思えたからです。
 
フラン・パルレ:貴方はインティミスト(内面描写)のバンドデシネと大冒険等を描くサイエンスフィクション(空想科学)のバンドデシネとの間を行ったり来たりしていますね。
フレデリック・ペータース:そうですね。でも私は行きつ戻りつはしていません。私は実際その両者を同時に制作して、むしろ両者の良きバランスを探ろうとしています。
 
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フラン・パルレ:先ず、では何故サイエンスフィクションを?
フレデリック・ペータース:私はメビウスの言葉をここのところ頻繁に引用するのですが、それはとても実践的な言葉で、彼はこう言っています。「サイエンスフィクションは、人物達の内的風景を外部に描写する最良の方法である」とね。サイエンスフィクションは、漫画家の想像力を膨らませるとても良い方法で、その背景や環境を描くことで、人物達が体験している事を強調出来るのです。ビルディングや車では、そうすることはむしろ難しいのです。
 
フラン・パルレ:サイエンスフィクションに興味のある人々は、近代的な側面、電子、科学分野での人間の先端性を好むと思うのですが、貴方ご自身は?
フレデリック・ペータース:私は、そのことを否定する積もりはありませんが、でもサイエンスフィクションは、貴方が今おっしゃったこと全てを問い直すための手段なのです。私にとっては、サイエンスフィクションは、人間と消費社会や先端技術との複雑な関係を掘り下げるための手段なのです。
 
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フラン・パルレ:貴方は紙のメディアをお使いですが、電子メディアに魅力をお感じになりませんか?
フレデリック・ペータース:もちろん惹かれます。でもいつかタブレットやディスプレイで読めるバンドデシネの形態を考える時がきたとしたら、その時には、私が今やっているものとは違った形態を考えるべきでしょう。本の仕事をディスプレイに単に置き換えることは、私にとって、品質の損失、時間の浪費、ロマンチスムの消滅に過ぎませんから。多分電子メデイアで何かすべきことはあるのでしょうが、その時には、描く前にその媒体をよく考慮しなくてはいけません。
 
フラン・パルレ:貴方はご自身のインターネットサイトで、色々なゾンビのデッサンを描いていらっしゃいます。ゾンビを描きたいという気持ちはどこから生じたのですか?
フレデリック・ペータース:理由は少々変わっています。私は日々の練習を水彩画でしようと思い立ちました。単純に普段使っているのとは違った道具を使って実践するためでした。描く主題について、毎日のことですから、何か新しいものを描きたいと色々考えました。月並みな考えでいくと、水彩画は綺麗な小さな装飾品とか、動物画といったものを描くのに適していると考えます。しかし、私の制作全般によく見られるように、私は人が予期することとは完全に意表をつくことに興味が湧きます。そこで、本来とても柔らかで薄手の絵の具である水彩で、死、臓物、血といったものを描くことに興味を持ったのです。そこでゾンビを描こうというアイデアが浮かび、熟成されていったのです。アイデアというものは、それがどこから生まれたのかを説明するのはとても難しいものです。アイデアというものはこんな風にして突然浮かぶので、そのあとでこう自問するものです。「どうして今まで誰もこのアイデアに気が付かなかったのだろう?」と。概して、それは良いアイデアだからなのです。
 
フラン・パルレ:貴方の出世作である漫画は自伝に近いとも言えますね。(貴方のパートナーがHIVウイルス感染者と宣告された時の、貴方がたカップルの人生を描いていますから)。それで、この作品(「青いピル」)に於ける<自動描画>についてお話いただけますか?
フレデリック・ペータース:この作品は決して自動描画ではありません。とりわけこの作品は、ある話、感情を描こうと思ったものですから、自動描画ではありません。自動描画では、意識に先行する潜在意識を描くものなのです。私の場合はそうではありませんでした。反対に、私は一種の心的、感情的な霧を整理しようと試みました。というのも、その当時は、私が「青いピル」で語っている話を実際に体験していた時代で、感情的に非常に複雑で動揺していましたから。事態はまだ落着しておらず、描くことは、反対に問題を明確にする一つの手段だったのです。まるで階段を一歩一歩昇る時のように、一ぺ一ジ、一ページ描いて、ある高さに達した時、その霧が晴れたのです。デッサンは機械的だったかもしれません。とても速く仕上げましたから。急いで制作しなくてはならなかったものの、反対に、感情の動きを合理的に辿った作業になりました。
 
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フラン・パルレ:最後に本当は最初にすべきだった質問をさせてください。若い漫画家は人生の船出から世に受け入れられ、自分の芸術で生計を立てていけるものなのですか?
フレデリック・ペータース:これには法則というものはありません。フランスでは今や新しい世代が生まれています。彼らは25歳で沢山の漫画本を売っています。また、50歳で才能に目覚めるという別の人たちもいます。だから法則などないのです。私の場合、バンドデシネの世界に導いたのは、自立、自由への願望でした。その結果、少々余計に時間がかかりました。自分自身の人生の行程表をたて、決して譲歩してはなりません。私は一冊の本を出し、それがたちまち成功したのですから、運が良かったのでしょう。わからないものですよ。第一、その成功したという本、こうやって今日貴方と対談するためにここに私が来る巡り会わせを作った本、それがさっきお話した「青いピル」という本です。それは、当初本としてではなく、個人的な体験と見做されたものです。ですから本当に人生の船出には真にこれといった法則はないのです。
 
2013年3月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:井上 八汐



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