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パトリス・ルコント、映画『サン・ピエールの生命』監督
投稿日 2000年10月1日
最後に更新されたのは 2017年6月26日
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パトリス・ルコント:『サン・ピエールの生命』
 
次々と発表される彼の作品に画一性はない。深刻なドラマ(『仕立て屋の恋』)、コメディー(『パトリス・ルコントの大喝采』)、歴史風刺劇(『リディキュール』)。今おそらく日本で一番有名なフランス人監督、パトリス・ルコントが最新作『サン・ピエールの生命』を語る。
 
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フラン・パルレ:『サン・ピエールの未亡人(邦題『サン・ピエールの生命』)』の下敷きになったのは三面記事的な事件でしたね。
パトリス・ルコント:その通り。サン・ピエール・エ・ミクロンで起こったごく単純な事件です。ある男がある晩、酒を飲んで人を殺す。実に馬鹿げたことです。相手は以前の雇用主でした。男は裁判を受け、死刑を宣告されます。しかし、当時のサン・ピエールには死刑を執行する道具がありませんでした。ギロチンもなければ死刑執行人もいません。だからこの男はギロチンが届くのを何ヶ月も待たねばなりませんでした。ギロチンのことを俗語で「未亡人」と呼ぶので、それがタイトルになっています。また執行人も雇わねばなりませんでした。その間、彼は再教育を受け、他人の役に立つようになります。しまいには地域で重要な役割を果たすまでになるのですが、にもかかわらず、やはり処刑されてしまいます。サン・ピエール・エ・ミクロンの歴史上、これが唯一の死刑執行になりました。これ以外にはただの一度もありません。ギロチンは島の片隅で朽ちてゆきます。使用されたのは一回だけ。ひとり殺しただけですが、それでも多すぎます。これは本当に典型的な三面記事です。この事件の背景として創作されたのが大尉とラ夫人、そしてこの3人を結びつける感情の絆です。それがこの物語をロマネスクなものにしています。
 
フラン・パルレ:死刑反対の主張は監督自身の意思表示なのですか。
パトリス・ルコント:いいえ。理由は2つあります。この映画の制作の話があったとき、僕は大喜びで引き受けたんですが、それは死刑の話だからというより、ラブストーリーのほうに惹かれたからなんです。だからといって死刑に関心がないというわけではありませんよ。ただ、今頃になって死刑反対の映画を作るなんて、はっきりいって時代遅れの闘争を蒸し返すことだという気がしたんです。いまどき誰が死刑に賛成してますか。ええ、いまでも死刑賛成の人や国家があることは知ってますよ。アメリカでも残念ながら温存されていますね。もちろんそういうことは全部わかってますが、ここでは死刑がメインテーマとして全面に掲げられるのではなく、プラスアルファとして一歩引いた形で、それとなく、人間関係の端々から感じ取られるところが気に入ったんです。未消化のままに声高に語られるのではなく、それが水面下で動き回っている感じ、このラブストーリーの背後で死がうごめいている感じを出したかったわけです。こぶしを振り上げて断固反対を叫ぶ映画ではありません。それは僕の趣味ではないですね。これで通じればよし、大々的にはやらない。そういうことです。
 
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フラン・パルレ:この3人の登場人物の曖昧な関係を何と形容し、どう説明すればいいのでしょう。

パトリス・ルコント:僕にはそう曖昧には見えません。大尉とラ夫人は、明らかに確固とした愛情で身も心も結ばれています。真摯で力強い、本物の愛、大文字のアムールです。けれどこの愛情はラ夫人が第3の男、ニール・オーギュストの闖入によって心を乱し、感動し、動揺することを妨げはしません。なぜならこの男には一種のゆがんだ魅力があるから、人を殺したことがあるから、ギロチンにかけられることになっているから、彼女はそれに反対しているから、まあ、それらのすべてが相まって、一種の混乱が生じ、雲のようにラ夫人の頭上に漂っているのです。彼女はそれでも夫を相変わらず愛していますし、夫と別れることはありえないでしょう。それでも他のだれかに心をかき乱されるということは起こり得るのです。ほら、よくあることじゃないですか。
 
フラン・パルレ:「仕立屋の恋」に似た雰囲気やシーンがありますね。指がかすめるように触れ合ったり、手と手が触れたり。
パトリス・ルコント:はい。以前にやったことの繰り返しが目立つとすれば困ったことですが、細部を精密に、執拗に描くのが好きなのは事実です。僕にとっては細部が多くを物語っているからです。通りのシーンでも室内でもどこでもいいですが、ひとつのシーンの中の、例えば呼鈴のボタンひとつ、というと大げさですが、それだけで非常に大きな事柄を喚起する事ができると常々思っているからなんです。全体を喚起する細部、これを探すのが好きなんですね。確かに僕の映画ではいつもそれを狙っています。
 
フラン・パルレ:大尉は命令を受けていますが、従いませんね。大尉の反抗をどう思いますか。
パトリス・ルコント:これは素晴らしい反抗です。というのは彼の反抗の理由がただひとつ、妻への愛だからです。当局に逆らうために命令に背いたわけではありません。彼は愛情のほうが軍規よりも、法律よりも強いから背いたのです。ここではそれが自分にとって非常に不利な愛であるだけに、なおさら愛の強さが強調されています。つまり当局に背くことによって我が身の破滅を招くこと、軍事法廷に引き渡されるであろうことを大尉は承知しているのです。ただ彼は向こう見ずな性格で、軍隊の中でもマージナルな存在です。模範的な軍人ではなく、どこか狂ったような、たしかにどこかロマネスクなところがあります。しかし、妻を愛すればこそ、身の破滅を知りつつ彼は当局に逆らう。これ以上絶望的で美しい愛の証はありません。例えば愛する女性のために、必要とあれば毒と知りつつあえて毒を飲むような、そんな人間に似ています。ええ、とてもロマンチックですね。
 
フラン・パルレ:宿命の重みはどうでしょう。
パトリス・ルコント:これも同一の流れに由来しています。宿命と運命の二つは僕がこの映画の中できちんと見つめてみたかったものです。一方には、愛ゆえに課された運命を不可避なものとして宿命論的に受け入れようとする大尉がいます。ラ夫人はといえば、運命の存在を認め、その流れを変えられないことを知りつつも、運命を脱線させるために、つまりニール・オーギュストの処刑を回避するために、できる限りのことをします。彼女はそれが無駄な努力だとわかっているのですが、にもかかわらず闘うのです。僕はラ夫人であろうが他の誰であろうが、勝算が千分の一しかないと知りながら闘う人ほど素晴らしいものはないと思います。この千分の一のチャンスに彼女は賭ける。すごいと思います。
 
フラン・パルレ:日本の観客はあなたにとって重要ですか。
パトリス・ルコント:はい。とても重要です。『髪結いの亭主』以来、僕の作品の人気が急に高まって、それ以前に作った映画も公開されるようになりました。ここでは僕の作品が全部公開されています。ものによってはフランス本国よりも日本のほうが当たるくらいなので、大変感謝しています。有難いことです。
 
フラン・パルレ:フレスコ画的な大作と内省的な作品を交互に制作していますね。
パトリス・ルコント:はい。僕は歩き回るのが好きなものですから。『サン・ピエールの生命』の後、これと同じくらい予算をかけて、これと同じくらい野心的な、重い作品を作らねばならなかったとしたら、たしかに好きな仕事ではありますけれど、問題はむしろ・・・いや、『サン・ピエールの生命』などは撮影が大掛かりですから、若干意気がそがれて、というわけでもないんですが、それでもやはりエネルギーが食われる、ということはあります。だから僕には好都合なんですね。実際にこの後で別の映画を一本制作しています。この映画は少ない予算で短期間に取れたので本当に好都合でした。キャンバスに油絵を描くのもいいし、クロッキーを描くのもいい。どれも面白いですね。
 
2000年10月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:大沢信子



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