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フィリッド・ブーゲディール、映画『ラグレットの夏』チュニジア人監督
投稿日 2000年7月1日
最後に更新されたのは 2017年7月6日
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チュニジア映画:フェリッド・ブーゲディール監督独占インタビュー
 
日本国際交流基金主催の地中海映画祭2000で最新作「ラグレットの夏」を上映するために来日したフェリッド・ブーゲディール監督にチュニジア映画を語ってもらった。
 
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フラン・パルレ:地中海映画祭の意義は何でしょう。
フェリッド・ブーゲディール:一年中アメリカのハンバーガーを食べ、コカコーラを飲まされている観客や視聴者に別のメニューを提供しようとする国があるのはとてもいいことだと思います。なにもアメリカ映画が嫌いだというのではありません。私は映画が大好きですし、名監督なら誰でも、どこの国の人でも尊敬しています。でも、地球上のどこの文明にせよ、他の文化に対して開かれている必要があるのは確かですし、ハリウッドの資金力があまりにも大きくて、これが唯一の文化になってしまう恐れがあることも確かです。つまりアメリカ文化が私たちにとって支配的な文化モデルになっているわけですが、これは代表的でない文化にとっては残念なことだと思います。代表的でない文化という表現は、あからさまに言えば、被支配文化ということなんですけれども。このように違ったものの考え方や違った夢の見方、違った愛し方があることを日本の皆さんに知っていただく機会が持てるということは実に素晴らしいことだと思います。日本文化やアメリカ文化がすべてではないことを見ていただけますからね。
文化的な質問だけでなく、政治情勢とか、中近東問題や和平交渉についての質問も受けました。「ああ、やっとCNN以外の視点に出会えた」と言われましたよ。内側からのものの見方を知って喜ばれたのですね。もともと多様な視点を持つというのはどの人間にとっても健全なことなんですよ。それはよりよい選択をするためにも、自分をよく知るためにもいいことですし、「では、それぞれの見方を聞いてみよう」ということもできますからね。単一の文化の映像だけを消費していると、人々は他者の文化の映像の消極的な消費者になってしまう恐れがあるんです。そこには大きな危険が潜んでいます。つまり、自分自身の文化が画面にほとんど現れないために、これを過小評価してしまうんですね。いつも他者の文化、つまり金持ちの文化ばかり見せ付けられているわけですから。私はフランスが「文化特例」と呼ぶものに大賛成です。フランスは、国際貿易交渉の場ではいつでもヨーロッパの先頭に立って、文化はただの商品ではない、と主張しています。肝心なのは市場の法則だとは限りません。人々に『タイタニック』だけを与えておいて、「みんな『タイタニック』が好きなんだ」とは言えないのです。少数派の文化によって作られた映画作品を見てもらう機会も作らねばなりません。アフリカのブルキナファソは世界でも最も貧しい国の一つですが、そのブルキナファソの一番小さい村からでさえ、黒澤に匹敵するような映画監督を輩出することは可能だ、と私は信じています。しかし残念なことにハリウッドの映画産業の資金力に比して、こうした映像が人々のもとに届くチャンスはほとんどないのです。
 
フラン・パルレ:チュニジア映画の状況はどうですか。
フェリッド・ブーゲディール:チュニジア映画はアラブ世界ではちょっと特殊な例になります。チュニジアは小さな国で、マグレブ諸国のなかでも一番小さく、人口は800万人、いや今はほぼ900万人ですか。映画館の市場としては、全国で50箇所しか映画館がない、という小さな市場です。映画産業を支えるには十分ではありません。その半面、チュニジアには大きな強みもあります。というのは、1949年以来、非常に熱心な映画ファンがいることです。映画好きはチュニジアの伝統なんですよ。例えば、1949年当時のチュニジアには、小国なのにアフリカ諸国のうちで最も多くのシネクラブがありました。どの町にも、本当に小さい町にもシネクラブがありました。ここでは世界中の名作を上映していましたから、非常にレベルの高い観客が育ったのです。それに加えて、1966年に創設されたカルタゴ映画祭があります。これはアフリカで最も古い映画祭で、創設されてすぐにアラブのヌーヴォ―・シネマを専門に扱うようになりました。60年代当時は独立運動の時代で、他の国でも映画監督が生まれ始めていました。シリア、レバノン、ヨルダン、モロッコ、アルジェリアなどです。カルタゴはブラックアフリカやアラブのニューシネマのスポークスマンの役を果たすようになりました。
 
フラン・パルレ:チュニジアでは何を制作していますか。
フェリッド・ブーゲディール:チュニジア映画は作家映画ばかりで本数が限られています。多くても年間3本くらいです。でも観客の芸術的要求水準は高いですし、さもなければ容赦しないんです。作家作品はチュニジアで大成功しています。つまり、興行的に記録的な収益をもたらしているということです。この現象は15年前から続いています。まるで観客が自分の言葉を聞くのをそれまで待ち焦がれていたように、自分たち自身の姿をスクリーンで見るのを待ち焦がれていたように映画館に押し寄せたのです。『ハルファウイン(チュニジアの少年)』は『ランボー』やシュワルツェネッガーを抜きました。これは本当に珍しいことです。私はどちらかといえば前途を楽観していますが、ただしそれはこのままいけば、の話ですよ。今はいわば黄金時代にあたるわけですから。
 
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フラン・パルレ:映画の制作資金はどうして作るのですか。
フェリッド・ブーゲディール:フランスと同じようなタイプの、収入を先取りした国家援助があります。文化省はいわば掛け捨てで補助金を出してくれます。返済はできません。これが一般的に予算の4分の一、時には3分の一にのぼります。つまり、残りはいわば戸別訪問でもして集めるしかありません。一番多いのはヨーロッパとの共同制作です。文化番組専門のテレビ局へ行って足りない予算を補います。私の作品はすべてアルテとの共同制作です。アルテはフランスのテレビ視聴者のメニューを多様化する使命を果たしているといってもいいでしょう。フランスは少なくとも1789年の革命以来、文化の平等という理念のもとで文化の多様化に勤めています。例の自由・平等・博愛の精神が何処かそのあたりにあるのでしょう。フランスのシステムが他の文化に対しても当てはめられているのです。フランスは、自らを多様化しようとするなかで、マリのスレーマン・シセのような監督にその独自性を保たせるよう援助しているのです。つまりフランスはきわめて多様な文化が平等に存在できるように働きかけているのです。
 
フラン・パルレ:上映の点ではどうですか。
フェリッド・ブーゲディール:私と一緒に来日した監督の中に『ある歌い女の思い出』を作ったムフィーダ・トゥラートリがいます。最近制作した『人間の季節』はカンヌ映画祭2000に正式にノミネートされています。彼女は海外で最も成功した監督の一人です。彼女の作品はどこでも上映されています。カナダ、アメリカ、ヨーロッパでも大成功しました。映画の成功を作る要因はいくつもありますが、それが地域の文化を反映していること、地域的な視点から出発して普遍に到達しようという気持ちがあることが条件だと思います。
 
200年7月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:大沢信子



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