イヴリー・ギトリス ザ・ヴァイオリニスト
フィリップ・クレマン編
今井田博訳
Ivry Gitlis, L’homme du violon de Philippe Clément
春秋社
価格:2500円+税
ISBN978-4-393-93576-7
現役最高齢のヴァイオリニスト、イヴリー・ギトリスの評伝。
ギトリスは1922年イスラエルのハイファ生まれ。12歳でパリ音楽院を主席で卒業後、歴史上の名匠との共演を数多くこなしてきた。19世紀の演奏様式、音楽感を伝える希少な音楽家として、高い評価を得ている。90歳となる今年もフランス、イギリスをはじめヨーロッパ各国でリサイタルを行う等、精力的な活動を続けている。
本書は、フィリップ・クレマンの編集による証言集・資料集を日本の読者向けに再編集したもので、全体で三部に分かれている。第一部はギトリスの今に至る道を記した「軌跡」、第二部は彼の活躍を立体的に見ていく『多才」、そして第三部はこれからの世界に彼が何を託そうとしているかを探る「未来形」となっている。
ギトリス自身の言葉や、彼に関わる人々の発言から、彼の音楽的な魅力、人間的な魅力を知ることのできる証言集である。特に、東日本大震災において即座に行動し、慰問演奏を行う彼の姿は、音楽というものが持つ大きな力、音楽が与える希望を読者に伝えてくれる。
たぶん、愛の話
マルタン・パージュ著
河村真紀子訳
Peut-être une histoire d’amour de Martin Page
近代文藝社
価格:1800円+税
ISBN978-4-7733-7874-0
デビュー作『僕はどうやってバカになったか』が世界的ベストセラーとなった、フランスの若手作家、マルタン・パージュの最新作。
主人公、ヴィルジルは、三十一歳の独身男性。広告代理店で働く優秀なコピーライターであるが、昇進も昇給も望まない変わり種である。そんな彼がある日、仕事から帰ると、留守番電話にクララという女性からの別れのメッセージが吹き込まれていた。しかし自分は、クララという女性を知らない。ふられたショックと、クララという見知らぬ女性の存在を思い出したいという気持ちから、ヴィルジルは彼女のことを探し始める。
本書の魅力は、ユニークな話の展開、ちょっと変わった主人公ヴィルジルの描写、そして飄々として、ユーモアに満ちた語り口である。読者は主人公の奇妙な話に付き合っていくうちに、いつしか引き込まれていってしまう。
ヴィルジルは、クララを追いかけていく中で、今まで向き合うことのなかった本当の自分を見つめ直すことになる。読者もまた、ヴィルジルの変化とともに、自分の何かが変わっていくような感覚を味わうことになるだろう。
永遠のアダム
ジュール・ヴェルヌ著
江口清訳
L’éternel Adam de Jules Verne
文遊社
価格:2800円+税
『海底二万里』、『八十日間世界一周』などの科学冒険小説の傑作の数々で知られるSFの始祖、ジュール・ヴェルヌの作品集。没後発表された作品、「永遠のアダム」と、「空中の悲劇」、「マルティン・パス」、「老時計師ザカリウス」の初期の短編三編を収める。
「永遠のアダム」はヴェルヌ晩年の作品。文明の流転を描く壮大なスケールで描かれている。現代文明のはかなさとともに、人類の天性への信頼をうたう作品である。
その他にも気球を発明した搭乗者が、吊籠に侵入した青年と空中で渡り合う短編「空中の悲劇」、ヴェルヌの作品としては珍しい恋愛小説『マルティン・パス」、神をも恐れぬ科学万能主義者の運命を描く『老時計師ザカリウス」とバラエティに富んだ作品が収録されている。
さまよう魂がめぐりあうとき
フランソワ・チェン著
辻由美訳
Quand reviennent les âmes errantes et Le dialogue de François Cheng
みすず書房
価格:2800円+税
ISBN978-4-622-07745-9
フェミナ賞受賞作『ティエンイの物語』で高い評価をうけた中国系フランス作家、フランソワ・チェンの最新作。
本作は、日本でもよく知られている秦の始皇帝暗殺未遂を題材とした小説である。紀元前三世紀、秦の始皇帝を暗殺しそこなった荊軻(けいか)、その十年後にふたたび皇帝を狙う打楽器 筑の名人 高漸離(こうぜんり)、二人の男と友愛で結ばれる春娘(しゅんじょう)、この男女三人の織りなす運命を描いている。作品は、この三人のモノローグと合唱とで構成され、五幕よりなる。しかし、これはいわいる戯曲ではない。西洋の古典劇の形式にのっとって描かれた小説である。いわば、中国の史実を素材とするフランス文学なのである。
作者フランソワ・チェンは、現代フランス文学の代表的作家のひとりであり、小説、随筆、詩、書道、美術評論、翻訳と幅広く活動している。2002年には、アジア人初のアカデミー・フランセーズ会員に選出された。また、彼は、ジャック・ラカン、ロラン・バルト、ジュリア・クリステヴァといった20世紀フランスの思想家たちとも交流があった。本書では、そんなフランソワ・チェンがフランス語の作家となるまでを振り返るエッセイ『ディアローグ(対話)』、および訳者による作家訪問記を併録しており、彼の文学的本質に触れることができる一冊となっている。