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2004年5月 フランスにおける看護職
投稿日 2004年3月7日
最後に更新されたのは 2013年8月1日
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佐藤典子
1.看護の歴史

フランスは、フーコーの著書『臨床医学の誕生』においても記されているように、18世紀末から19世紀にかけてヨーロッパ医学の中心であった。特に、パリの医学は指導的立場にあり、パリ学派と呼ばれ、病院における臨床実習を重視する病院医学の発達によって注目を浴び、病院を医学の研究と教育の場として発展させた。この病院医学の発展のためには、中心となって医療を実践する医師を補助し、又、医療の対象となる患者の増加に伴い、看護の担い手の増員が必要不可欠であった。すなわち、看護の世俗化と職業化(看護機能の医療化、病院化)の促進である。病院医学が発達し、治療の「場」として病院を機能させることを目的に、看護の近代化が求められたフランスは、看護の職業化の歴史を研究する上で重要な地域なのだ。
 看護が職業として誕生するのは、19世紀まで待たなければならないが、看護という行為は、それこそ人が人と共に生きていくうえで欠くべからざる行為であるから人類の歴史とともに存在したはずだ。しかし、看護を家族や近親の者の看病ではなく、他者を看護するという行為に広げて見てみると、歴史上、宗教的な理由で旅人や行き倒れの人などを看護する、という記述をしばしば見つけることができる。たとえば、病院(h冪ital)の語源でもある 「もてなし」(よそ者を受け入れる)“hospitalité”は、「異邦人や巡礼者貧窮者をもてなす」という宗教的な精神から始まって中世の修道院では実際によく見られる行為であった。ナイチンゲールは、「女性はみな看護婦である」という言葉を残しているが、「看護をする者」のすべてが女性だったわけではない。看護する者は、男性で構成されていたこともあり、彼らはchevalier hospitalierと呼ばれた。聖ヨハネ騎士団などは、騎士修道会としてまたエルサレムにおける巡礼者たちのためのいわば巡礼病院として12世紀に創設されたという記録が残っている。やがて、宗教的な犠牲の精神に動機づけられた修道院の仕事において段々と医療の分野が拡大してきたが、修道士と修道女の割合も、修道女の数が上回るようになった。それは、修道女の方が、「家事を行うには適しているから」という女性役割が規範化されたからである。当時、生活に関する諸々のこと、それを維持していくことは、女性の仕事とされていて看護もその一つと見なされたのだ。
 このように、看護修道女の行う看護を通して、看護行為は人々に知られるようになり、時には、看護修道女が訪問することによって家庭での看護行為が助けられることもあり、看護は、女性と結びついた。病んだ時、その傍らにいるのが看護する者であったフランスでは、患者と関係が深いのは看護師であり、日本のように看護師と医師がセットで考えられることはあまりない。現在でも、訪問看護が存在(独立自営の看護師)しているフランスでは、病院内においても看護師と医師が患者の面前で共に仕事をすることはほとんどない。そして、どの病院、病棟でも医師が常に院内にいて、その下に看護師がつき従っている姿は見られない。回診の時だけでなく、医師が病院に来ることをフランスでは「訪問(visite)」と言う。多くの医師は、かつての医師が病院に通ってきていたように、開業して自分の診療所(通常、そこには日本の病院のような医療設備は置かれていない)を持ち、手術などの際に病院にやってくるのである。このことは、病院にとって医師は「お客様」あるいは「よそ者」であることを示しており、また看護職の自律を表す好例といえよう。一方、医師に対して、看護師は、その病院に所属し、その病棟の入院患者に医師からの指示を受けて実際の処置を施す(看護師が直接行う場合もあれば、その下にいる看護の助手が行うこともある)。看護スタッフが全スタッフの過半数を占める病院組織では、看護師が病院の主といっても過言ではない。つまり、日本では、看護師は病院内で医師のもとにいる存在であるのに対し、フランスでは、看護師は病院に、あるいは、独立自営看護師(infirmi(er)ère libérale)の場合は、診療所(cabinet医師不在で看護師のみで活動する場)という「箱」の中で大きな責任を担っている。

2.看護は女の仕事か

 フランスにおいて、国家資格制定(1922)以前の看護あるいは看護職は、女性にのみ開かれた行為であり、歴史的にわずかな例外を除いて、常に女性の手に委ねられ、現在もなおその傾向が根強く、ほとんどの看護師が女性である。だからというわけではないだろうが、フランスで看護師を指す言葉は、そのほとんどが女性形で示される。フランスでは、看護師に該当する言葉は“infirmier”、“infirmière”であるが、前者が男性看護師、後者が女性看護師に対して使われる。文法的に正しくはこうである。しかし、実際の使用は、女性形の“infirmière ”を使う場合が多い。17世紀半ばにルイ14世によって火薬製造工場跡地に作られた収容所サルペトリエール(Salpétrière)は、現在でも、パリで最も大きな公立病院のひとつとして機能しているが、病院内の付属看護学校の看板は、「看護婦学校」と書かれており、また、多くの本屋の看護関係のコーナーも“infirmière”と表記されている。フランスの看護師対象の雑誌タイトルは、“infirmier(ère)”と両方の性を指すものではなく“L’INFIRMIERE Magazine”であり、看護

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師について書かれたものの多くは、法的な文書を除いて“infirmière”と女性形で記されていることが多い。パリの公立病院協会(Assistance Publique Hôpitaux de Paris)の配布している「入院の手引き」の表紙には、ベッドに横たわる患者に医師と看護婦が話しかけている挿し絵が描かれているが、多くの看護職で男女共にズボンを採用しているフランスでは、医師と区別するために以下のような工夫をしている。一点は、医師の絵の方に医師の象徴である聴診器を首から下げることである(日本では看護師も聴診器を使うが、フランスでは医師のみが使用する)。そしてもう一点は、医師を男性で描き、看護師を女性形で書くことである。それによって、挿絵の男性は医師、女性は看護婦であるということが一目瞭然となる。それゆえ、看護といえば、女性が行うのだ、という情報が刷り込まれる。
 転じて日本では、2002年3月、「保健婦助産婦看護婦法」が改正され、「保健師助産師看護師法」と改められ、これに伴って看護に携わる者の公式の呼称は、「看護師」となった。しかし、病院などの看護の現場では、相変わらず患者からの呼びかけは、「看護婦さん」のままではないか。なぜなら、看護師の90%は女性だからである。男女共同参画社会の影響もあり、「医師」、「薬剤師」などの他の医療関係職同様、「師」という文字が使われるようになったが、実質的に看護は女性が担っている仕事であり、多くの人々は、わざわざ「婦」を「師」に変更する必然を感じていないのではないかと思われる。
 確かに、フランスも日本と同様、女性看護師が85%を占め、実質的な看護の担い手は女性である場合が多い。しかし問題となるのは、全看護師の一割以上は男性であり、この女性形表記が実際に指し示している中には男性看護師も含まれているということである。男性、女性両者で構成される看護師全体を示しているときでさえ、女性形表記のみがほとんどだ。子どもの頃、フランス語を習い始めたとき、文法の授業で「『彼女』が9人で『彼』が1人であっても、その10人のことは『彼ら』と言うのだ」と教えられた私は、「15%も男性が占めている職業を女性形だけで示すなんて!」という驚きを持ったものだ。ついこの間まで「保健婦助産婦看護婦法」しかなかった日本では、たとえ、男性が混じっていても「看護婦」という名称はごく当たり前のものであり、法律的にもこの法の中で男性看護婦(「看護士」という書き方もあったが、あえて正確に書くとしたら当時の法律ではこうなるのではないか)は仕事を行ってきた。しかし、フランス語は、せっかく男性形、女性形が使えるのになぜ全て女性形で通してしまっているのであろうか。私の疑問はそこから始まった。
 おそらく、こうした現状の中での問題は、多くの公的な「場」でこの単一女性形表記が用いられているがゆえに、この表記に多くの人が違和感を持っていないということにあるだろう。つまり、人々が「看護師は女性である」という社会的無意識を共有しているということである。この社会的無意識は、看護職の誕生から今日まで継承されており、ジェンダー化された分業として看護の役割と女性性(féminité)は深く結びついている。日本でも、男性看護師の存在が、一般病棟において見られるのは稀で、多くの人が、入院時に、病室の扉を開けて検温に来るのは「男性看護師ではなくて女性看護師である」と何の疑問もなく思っており、フランスにおいても男性看護師の多くが、精神科や救急外来などに配属される、という事実によってその想像は裏付けられている。しかし、一般的に、入院病棟であれ、外来病棟であれ、看護職といえば、女性看護師が行っている仕事である。96年から97年にかけて、パリを中心に女性看護師20名に行った意識調査では、自らが女性であるということで、看護職は女性が働ける数少ない職の一つであると考えていた。看護資格において現代では性別による法的禁止は存在しないものの、なぜ、看護職の担い手に男性がほとんど見られないのか、あるいは、1875年以降、フランスでは女性の医学部入学が許可されたものの、現在でも70%近くの医師がいまだに男性であるのはなぜか、看護職および、医師業がジェンダー化された分業であることの理由は明らかにされていない。性別によって職業が特定されない現代では、人々は、自主的に看護職を選択しているはずである。しかし、こうした自主性は、実のところ、社会の中で伝統的に維持され続けたジェンダーとしてふさわしい生き方によってコントロールされているのだ。個人の本来の特性によるものなどではなく、看護は女にふさわしい職業であるといわれ続け、思われ続けてきた歴史によって作られ続けてきたからなのであろう。
 日本では、以前から「看護婦は白衣の天使だ」、「看護には女らしさが必要だ」(ちなみに、フランスの看護師がこのように言っているのを聞いたことはないが)とよく言われるけれども、その「女らしさ」というのは、どのようなものなのであろうか。「優しく、甘えさせてくれるような存在」ということなのであろうか。あるいは、「女性は、よく気が付く、繊細だ」などと、「女らしさ」は解釈されるが、果たして、「優しくて、よく気がつく、繊細な男性」は、存在しないのだろうか。また、実際の看護業務の中において女性看護師は、常に生死の狭間を傍らで体験し、温かくも厳しく患者に接する存在だ。どちらかというと「決然とし」、「凛々しい」といったいわゆる日本語で言う「男らしい」存在なのではないか。フランスにおいても、日本においても、入院した際、患者は看護師と多くの時間を過ごす。入院生活の良し悪しは、看護師の質によって決まるといっても過言ではない。このような重責を果たしている看護の仕事が「女らしい」から良い、「男らしい」から向いていないなどと性別規範によって左右されるべきではない。「困った隣人を助けたい」、という看護本来の理念に従えば、「女だから看護にふさわしい」という点から出発するのではなく、「患者が必要としている人材はいかなるものか」という視点が必要なのではないかと思う。それは、決して性別によって単純に決せられるものではないのではないか。古代から面々と続く看護の歴史や“hospitalité”の精神は、こうしたごく当たり前のことを気づかせてくれる。

佐藤典子 社会科学博士 フランス、パリ社会科学高等研究院(E.H.E.S.S)留学を経て現在、東京大学医学系研究科健康科学・看護学専攻客員研究員。フランス社会学(特にブルデュー研究)を中心に社会階層や職業論、ジェンダーなどに関心を持つ。最近では、フランスのPacs法と家族のあり方などについて研究を行った(詳細は、慶應義塾大学三田哲学会発行『哲学』第112集「フランスのPacs法成立と象徴闘争としての親密関係の変容」2004年3月)。看護の職業化とジェンダー化に関する社会学研究については、『日仏社会学会年報』第7号、第9号、第10号、第12号に詳しいが、現在、『看護の歴史社会学(仮)』として出版すべく加筆中である。


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