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ジェルマン・ヴィアット、ケ・ブランリ−美術館ミュゼオロジープロジェクトディレクター
投稿日 2005年1月1日
最後に更新されたのは 2017年4月19日
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ジェルマン・ヴィアット:パリに新名所誕生:『ケ・ブランリー美術館』
 
ジェルマン・ヴィアット氏は、2006年初めにオープンする『ケ・ブランリー美術館』のミュゼオロジープロジェクト・ディレクターです。ここには、アフリカやアジア、アメリカ、オセアニアから集められた30万点近くのコレクションが集められています。彼は、都市における現代美術の発展に貢献したとして、日本の大林都市研究振興財団から、第3回大林賞を授与されました。
 
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©Franc-Parler
フラン・パルレ:なぜ、パリに新しい美術館を造ることに?
ジェルマン・ヴィアット:ここにあるコレクションのベースとなっているものは、1930年代にフランスの二つの美術館に収蔵されていたものです。一つは、国立アフリカ・オセアニア美術館です。これは、1931年の植民地博覧会のときに設立された植民地博物館を受け継いだものです。もう一つは、1937年のパリ万博のときにできた人類博物館です。この前身はトロカデロ美術館で、ルーヴル美術館から受け継いだ19世紀の古いコレクションや、フランス王室のコレクション、また18世紀の骨董美術品もありました。
ですから、新美術館にあるものは初めて展示されるものではありません。それでは、なぜ今、西洋のコレクションではない長い間、民族学の影に隠されていたものに注目するのか。それは、ジャック・シラク大統領が提唱し実現することになったのですが、彼が以前パリ市長だったとき、ジャック・ケルシャシュという人に出会って友好を深めたのがきっかけです。この人は、もともと美術商で、後に収集家になり、民族的な文化を西洋文化と同レベルに位置づけたいという野心をもつ人物でした。
 
フラン・パルレ:なぜ他国の民族の品が、フランスに集められたのでしょうか。
ジェルマン・ヴィアット:フランスが他の地域と交わるようになって間もなく、美術品は国に入ってきました。16世紀頃のことです。人間は新しいものに心惹かれるものです。探検家たちは、まだ見ぬ世界の発見に夢を抱いて、アメリカ大陸も含め、インド諸島へと向かいました。
18世紀には、人々は、世界と自然、この地球に存在する人類をより科学的に、自然科学に近い観点から考察するようになりました。19世紀は、ダーウィンに代表される進化論が出現したことで、社会や文化、人種にランクづけをする風潮が見られました。つまり、ダーウィニズムですが、これは全く許容し難い考え方です。
19世紀から20世紀にかけては、発展した民族学を通して、人間社会を観察し、研究するようになりました。人類と文化の再発見に非常に重要な局面を迎えたわけですが、収集された品々にある芸術性を無視する傾向にありました。しかし20世紀は、芸術家たちがこの民族色溢れる品々のもつ美の価値を見出し、惹かれていった時代でもありました。民族学とアートは、長い間直接的には結びつかなかったのです。
私たちが新しい美術館で試みたいことは、人類学を通して得た知識と、歴史的事実とを融合させることですが、文字が存在しない社会を相手にすることが多いので、なかなか困難を要します。しかし、文字が存在しないからといって、歴史がないわけではありません。
芸術全般で重要なこと、それは独創的な形状、テクニック、個性的な特徴で、これらを備えた美術品は、まさにこの21世紀に一般の人々に紹介するに値するものだと考えております。
 
Simulation en trois dimensions de la façade nord du musée du quai Branly
Simulation en trois dimensions de la façade nord du musée du quai Branly
© musée du quai Branly Paris
フラン・パルレ:美術館では、具体的にどんなものを見ることができますか。
ジェルマン・ヴィアット:美術館に入る前にまず言っておきたいのは、この美術館は現代美術館だということです。
21世紀にふさわしい美術館で、フランスはもちろん、世界的に知られる偉大な建築家のジャン・ヌーヴェル氏に設計を頼みました。まさに、現代に誕生する新しいスタイルの美術館で、これから先もそうであり続けることを願っています。
変わった建築様式をとることで、単にコレクションを展示する建物というだけでなく、研究機関や図書館の役割も果たし、専門知識を養い、異文化の交錯する場所となることができるのです。
4600メートル四方に約3500点のコレクションが展示され、様々な文化のクオリティーの高い厳選された品々から成っています。アフリカやオセアニアの伝統美術品、また東洋美術専門のギメ美術館には置いていないアジアの民芸や、少数民族の品々などを収蔵しています。また、アメリカのものもありますが、これはコロンブスの大陸発見前と後の両方の品々を見ることができます。これらは常設展示品で、コレクションの基盤となるものです。
また、同じフロアには、期間限定の展示スペースになる巨大な平面ボードが二枚、空中に浮かぶように吊るされています。このため、ジャン・ヌーヴェル氏の造るこの美術館は、斬新な一つの風景を演出しています。二つのボードのうち一つは、あるテーマに沿った展示コーナーで、もう一つは、ある課題を追求するためのスペースとなっています。コレクションを理解し、さらにアプローチを強めるために役立つとともに、他の美術館の収蔵品も借りて展示することで、あらゆる文明、文化、美術の考え方に触れ、世界的な視野をより一層広げて考える場を提供しています。
 
フラン・パルレ:プライベートコレクションを入手することの意味は?
ジェルマン・ヴィアット:プライベートコレクションが面白いのは、現代美術アーティストたちが興味を持ち、影響を受けた品々が含まれていることが多いからです。たいてい収集家は、現代美術と当時の言い方でいうプリミティヴ(原始)アートの両方を収集していることが多いです。現代美術アーティストが、プリミティヴアートに注目したのは、20世紀初頭にすでに始まっていました。
トロカデロ美術館を訪れたピカソは、あっと驚き、心を奪われ、大きな影響を受けました。こうして人々のプリミティヴアートに対する見方が次第に変わっていったのです。
私たちが造ろうとしている美術館は、収集家が集めたコレクション以外に、他から入手したものや学術研究のために調査団が持ち帰ったものを加えて、所蔵品を増やしていきました。もっとも素晴らしい収集となったのは、かつてフランス政府の学術調査団が、(セネガルの)ダカールからジブチ(共和国)までアフリカ大陸を横断し、国々の知識と品々を可能な限りフランスに持ち帰ったことでした。
私たちは、これまでに歴史的な様々な事情で収集することのできなかった空白の部分を埋めたいと、コレクションを購入するよう心がけています。
 
Statue Dogon
Statue Dogon
acquise pour le musée du quai Branly grâce au mécénat d’Axa © musée du quai Branly Paris
フラン・パルレ:プリミティヴアートと呼ぶのですか? それとも古代芸術?
ジェルマン・ヴィアット:ただ、単に「アート」とだけ私は呼びたいのです。
美術館の名前を決めるのはいつも悩むことです。私たち自身、随分、迷いました。芸術文明美術館、人類・芸術・文明美術館、古代美術ミュージアム・・・
結局、(美術館の建つ地名から取って)ケ・ブランリー美術館になりました。この決断は、選択することから逃げたり、責任逃れをしたわけではありません。特定の名前をつけることによって、展示の幅が狭まってしまう恐れから、このような結果になったのです。
これは、アートの呼び名に関しても同じようなことだと思います。アートをなぜ、古い、新しいと区別しなくてはいけないのですか。年表順からそのように考えるのでしょうか。それとも文明の発展した順? 単に「プリミティブ」という言葉を避けるため?
私は、使うべき言葉は、「アート」であると思います。その言葉の裏には、人類学から読み取る文化や地理が当然存在します。アフリカ、オセアニア、アメリカ、そしてアジアと世界中からの品々が集まっているからです。文化の対等と多様性を謳うこの新しい美術館では、「アート」という文字の横につける言葉に注意を払うことが、文明や文化の対等を確立することにつながると思っています。
例えば、メキシコ人にとって、彼らの文化をアフリカ人やオセアニア人のものとひとくくりにされたくはないはずです。彼らと私たちの唯一の共通点、それは私たちと同様にあらゆる時代において、彼ら自身が自分たちの文化、文明、そして芸術をつくりあげてきたというこ\とです。それを一つにまとめて、同じレッテルを貼ってしまう理由など、どこにもないのではないでしょうか。
 
2005年1月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:三枝亜希子
協力:TNプローブ
ケ・ブランリー美術館ホームページ:http://www.quaibranly.fr



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