フラン•パルレ Franc-Parler
La francophonie au Japon

Rédaction du journal:
Rédacteur en chef: Éric Priou
Rédaction: Karen, Shigehiro Kobayashi, Utako Kurihara, Rika S., Hikaru Taga

La francophonie au Japon
Franc-Parlerフランス語圏情報ウェブマガジン フラン・パルレ
〒169−0075新宿区高田馬場1−31−8−428
1-31-8-428 Takadanobaba, Shinjuku-ku, 169-0075 Tokyo

Tel/Fax: 03-5272-3467
E-mail:contact@franc-parler.jp
http://franc-parler.jp

パスカル・デュサパン、作曲家
投稿日 2003年11月1日
最後に更新されたのは 2017年5月2日
logo imprimer
Enregistrer au format PDF
パスカル・デュサパン:作曲する喜び
 
パスカル・デュサパンは25年以上に渡って、オペラのみならずオーケストラ、アンサンブル、ソリスト向けの曲を書いてきた。11月に東京と京都で、彼の旧知であるソプラノのフランソワーズ・キュブレーとクラリネット奏者アルマン・アングステアが日本のアンサンブル・ノマドと、彼の前でその選りすぐりの代表作を共演することになった。実りある交流となるだろう。
 
フラン・パルレ:人間の声は楽器と同じだと考えていらっしゃいますか?
パスカル・デュサパン:もちろんそうだと言えます。あらゆる音楽は私にとって本質的に人間の声を起源としているものなので、私は大抵、声と楽器の区別をあまりしないのです。交響楽団は私にとっては一つの声とまで言えるでしょう。
 
フラン・パルレ:人間の声を録音したものを作品に取り入れられたとか….
パスカル・デュサパン:それは一つか二つの企画でやったことです。専ら歌詞として幼い子供の話し声、特に私の息子の一人の声を使いました。子供の無邪気で芝居気のない自然さが、まさに私の純粋な表現の欲求と一致したからです。よくあるこうした考えから人々は子供の話す声をとても好むのです。なぜならその声には芝居がかった感情が含まれていないからなのですね。子供の声には定型はないのです。録音を作品に使用したことは滅多にありません。私は収集した音素材を作品に取り入れる専門家ではないので。
 
フラン・パルレ:あなたは作曲家クセナキスの指導を受けられましたね。そこで何を得られたのですか?
パスカル・デュサパン:クセナキスは私にとって指導者であったことはなく、単に名人であったと思います。彼は私が私であることを許してくれ、何事も決して押しつけることがなかったので、私にとって最高の自由のお手本でした。
 
フラン・パルレ:だから自由という言葉はあなたにとって大切なのですね。
パスカル・デュサパン:一人一人にとって大切な言葉であって欲しいですね。無論私にとっては音楽に限らず、どんな時もとても大事な言葉です。
 
フラン・パルレ:これが、あなたが次世代の作曲家達に伝えたい言葉なのでしょうか?
パスカル・デュサパン:もしも私が後世でも幾らか評価されていたなら、作品を通して、もちろん出来るだけの喜びをもって伝えたいです。音楽の修得は時として軍隊の教練にとても近いものがあります。プロになったならあまりにも権威的な概念から極力自由になることが肝要です。
 
フラン・パルレ:あなたの作品は独奏者用からオペラまで幅広いですが、何がこれらの創作に共通するものなのですか?
パスカル・デュサパン:そうですね、本当に正確にお答えするには私が死んでからでないと。私が死んだら、それに答えることが出来るでしょう。ある企画から別のものに私を駆り立てるものについて、常に意識しているわけではありませんから。もちろん今は多少の経験があるので、オペラの様に大がかりな企画とソリスト用のごく小さい作品との間に幾つもの道筋が見えていますけどね。よく私はちょっと挑発的な言い方ですが、問いかけは同じだと言っています。形が違うだけなのです。アジア文化には、全てが一つの物に繋がる、物の本質は物の大きさとは関係ない、という考え方がよくあるでしょう。だからオペラを1、2時間聴いたのと同じ大きい空間を、例えばクラリネット独奏でも感じられるでしょう。
 
フラン・パルレ:あなたが好んで使う楽器はありますか?
パスカル・デュサパン:たしかにチェロ、クラリネット、又はトロンボーン等、私が愛着を持っている楽器もありますが、私のお気に入りの楽器で私が最も自然体でいられるのは、交響楽団ですね。いずれにせよ私が90年代初めにソロと題したオーケストラ用の一連の作品に着手したのも偶然ではないのです。正確には私は個々の作品にソロという副題をつけたのです。
 
フラン・パルレ:御自身は演奏家でいらっしゃるのですか?
パスカル・デュサパン:ええ、初めはピアニスト兼オルガニストでした。ピアノとオルガンのプロになる為の努力はたいしてしなかったけれども。曲を書く作業に膨大な時間をとられてしまって。それは一つの選択だったのですが、結局のところ私はそこそこのレベルの愛好家にとどまっています。作曲家というのは多くの場合、ベースとなる楽器の徹底的な練習を放棄した人達です。両立しているケースもありますけどね。
 
フラン・パルレ:あなたのオペラのタイトルを拝見しますと、文学作品からの出典が多いですね。
パスカル・デュサパン:それは事実です。趣味で、かなりの文学の知識を身につけたので、沢山の仕事の要素をその中に見いだすのです。『ロメオとジュリエット』はそのタイトルにも拘わらずシェークスピアとは大して関係がないのです。これはとりわけ言葉、愛の言葉についてのオペラだったので、台本作者のオリビエ・カディオと私は、あらゆる文化圏の人々が皆理解出来るこの『ロメオとジュリエット』という原型を使ったのです。『Medeamaterial』は、今は亡き偉大なドイツ人作家ハイナー・ミュラーの文章を下敷きにしています。『To be Sung』これも言葉についてのオペラでしたが、殆どが子供の遊び、ことば遊びを基にガートルード・スタインのテキストで作りました。最近オペラ・バスティーユで上演された私の最新作は、イタリア人作家アルド・パラッツェスキの小説を基にしています。彼はイタリア以外ではあまり知られていないのですが偉大な作家です。今、私はファウストの神話に関係したテキストを題材にした別のオペラの企画を実際立ち上げています。私がイメージしているのと違う様に仕立てるかもしれませんが。確かに私にとって文学は全てが湧き出てくる「るつぼ」の様なものです。そうはいっても文学と音楽は、やがて区別しなくなりますよ。
 
フラン・パルレ:ということは、あなたは両方を行き来していらっしゃるのですね?
パスカル・デュサパン:そうですね。おそらく音楽には小説的な傾向があるのです。純粋な文体、つまり文学に音楽的傾向があるように。それに書評がいかに頻繁に音楽的な表現をとっているかを確かめるのも興味深いことです。某作家の旋律的な特徴、そのハーモニーが話題だ、等。
 
2003年11月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:粟野みゆき



チップお問い合わせ チップ管理ページ チップ

RSS

1998-2017 © フラン•パルレ Franc-Parler - All right reserved/Tous droits réservés
SPIP で制作されたサイト
使用したテンプレートは ESCAL-V3
バージョン: 3.87.31