会場を入った瞬間、目に飛び込むのはル・コルビュジエが浜辺で拾い集めた貝殻の展示だ。山や森に囲まれたスイスで生まれた彼だが、流木や貝殻といった「海」に関する物からも大きなインスピレーションを得てきた。4章から成る本展の第1章のタイトルが「浜辺の建築家」であることがそれを物語る。会場をそのまま進むと、ふくよかな水着姿の女性たちを描いた鉛筆画が、大胆な曲線の絵画が、美しい色彩のタペストリーが目に飛び込んでくる。この会場に存在するのは、「偉大な建築家」ではなく、「綜合芸術家」としてのル・コルビュジエであり、1人の人間としてのル・コルビュジエだ。彼がアイリーン・グレイ(Eileen Gray/ 建築家)に宛てた直筆の手紙から滲み出る優しさ、あまり注目されることのなかった論考≪やがてすべては海へと至る≫(原題:Tout arrive enfin à la mer )から垣間見える誠実さ、会場内のルオー・ギャラリーに展示されているル・コルビュジエ作の「長椅子」に座った瞬間の安堵感……会場を出た後「なんだかふわっとして温かい」不思議な余韻が心に残るのはなぜだろう。