『画家ボナール ピエールとマルト』
これだけの激しさが必要なのだろうか?
誰かを傷つけて、自分を傷つけて、離れてもまた求め合い、また傷つけ合う。
ここまで追いつめて追いつめられなければ、画家は名作を描くことはできないのだろうか?
始まりはごくありふれたものだった。画家ピエール ボナール(ヴァンサン マケーニュ)は、パリの街で出会ったマルト(セシル ドゥ フランス)に「モデルにならないか」と声をかける。どこにでもあるような出会いは月日を重ね絶対的な関係となり、マルトはピエールのミューズとなっていく……「幸福の画家」と呼ばれたピエールだが、私生活は決して穏やかといえるものではなかった。マルトから離れ、他の女性と逃げようとしても、彼の絵筆はマルトを描いてしまう。長くは生きられないと医師から告げられたマルトと、マルトなしでは生きていけなくなったピエールの残酷で濃密な関係。その狂気を演じる俳優たちから目が離せなくなる。
監督は、マルタン プロヴォ。子供の頃、母親から贈られたボナールのポスターを部屋に貼り、その官能と神秘に魅了されてきたという。そんな彼のもとにマルトの姪の娘、ピエレット・ヴェルノンから「大叔母(マルト)についての映画をつくってほしい」という依頼が入る。マルトが十分に評価されていないというピエレットの思いをプロヴォ監督が引き受け、この映画が完成した。マルトは、ピエールの絵のモデルというだけの存在ではなかった。彼の絵に鋭い助言を与えることもあれば、自ら絵を描くこともあった。しかし、彼女は最初で最後の個展を開いた後、心を徐々に病んでいくのだ。最期までマルトと共に暮らし彼女を看取ったピエールは、果たして彼女に人生を束縛されてきたのだろうか。それとも、束縛されていたのはマルトの方だったのだろうか。映画が終わった後、むしょうにボナールの絵を見たくなる。彼の残した絵の中に、私たちは映画が描いていない真実のかけらをみつけることができるのかもしれない。(Mika Tanaka)
監督:マルタン・プロヴォ
出演:セシル・ドゥ・フランス、ヴァンサン・マケーニュ、ステイシー・マーティン、アヌーク・グランベール、アンドレ・マルコン
2023年/フランス/123分
配給:オンリー ハーツ
Bonnard, Pierre et Marthe de Martin Provost avec Cécile de France, Vincent Macaigne, Stacy Martin, Anouk Grinberg, André Marcon; 2023, France, 123 min