フラン•パルレ Franc-Parler
La francophonie au Japon

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アダモ、シャンソン歌手
投稿日 2002年2月1日
最後に更新されたのは 2017年6月1日
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アダモ:シャンソンの心
 
2,3曲のヒットを飛ばしては消えてゆく歌手が多い中、アダモの存在は特筆に価する。落ち着いた息の長い活動で築いたキャリア。フランス語の歌を代表して日本のファンのもとへ戻ってきたアダモのインタヴュー。
 
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フラン・パルレ:日本とは長い恋愛関係があるといっていいですね。
サルヴァドール・アダモ:はい、そうです。もう33年になります。時々どうしてか聞かれるんですが、正直な話、自分でもうまく説明できないんです。フランスの歌手で日本に呼ばれる人は大勢いますからね。不定期に何度も来る人もいます。僕は有り難いことに33年前から毎年のように来ています。なぜかは分かりませんが。この仕事は、あらかじめ成功の筋書きが決まっていないところがいいんです。何が原因かということは、まずわからないですね。
 
フラン・パルレ:最初のころと比べて変わったことはありますか。
サルヴァドール・アダモ:もちろん風景はずいぶん変わりました。でも感心することは、周囲の環境が現代的なのに日本人が伝統をとても大切にしていることです。基本的な価値観や原則を失っていないでしょう。例えばもてなしの心や相手に対する敬意などがまったく変わりません。これは見ていても気持ちがいいものです。公徳心などもそうです。
 
フラン・パルレ:日本では、コンサートの合間は何をしていますか。
サルヴァドール・アダモ:あまり暇はないですが、あればみんなと同じように観光をします。特に最初のころですね。今は小さな展覧会などを見るようにしています。絵が好きなのでね。日本ではとても面白いものを見ました。モジリアニ展を見たし、二年前にノーマン・ロックウェル展も見ました。他には町を歩いたり、ものを書いたりします。日本についてはずいぶん書きました。
 
フラン・パルレ:シャンソンを作る目的は何ですか。
サルヴァドール・アダモ:昔は引っ込み思案だったので、多分歌のおかげで自信がもてた、とまではいかずとも、恥ずかしさがいくぶんかは和らいだのだと思います。最初は小さな感動を伝えることが目的でした。今はこれは変だと思うことや、大事だと思うことをファンの人に伝えることを目指しています。特に1993年以降はユニセフ大使をしているので、それ以前からの活動にさらに力が入っています。どのアルバムにも2,3曲、いわば社会派というか、人道主義的で、人間志向の歌が入っています。
 
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© Franc-Parler
フラン・パルレ:ユニセフ大使としての役割はどんなことですか。
サルヴァドール・アダモ:僕はベルギーのユニセフ大使なんです。いわばベルギー国民の証人のようなものです。ヴェトナムに二度派遣されました。一度目は1993年です。目的は風土病の実態を見ることでした。ビタミンAの欠乏が原因で起こる子供の視力障害です。だからまず病院に行きました。盲目の子供たちが大勢いて、それは悲惨でした。そこで、ベルギーに帰ってからテレビでスポット広告を流しました。ベルギー国民に僕が見てきたことを話し、協力を呼びかけました。ベルギー人は生来とても心が広いのです。そこでこぞって呼びかけに答えてくれました。それでユニセフはそのお金を使って現場へ行き、3年間で問題を解決することが出来ました。僕は1997年にまた現地へ行って、状況が改善されているのを確かめることが出来ました。そこで帰国してからベルギー国民に笑顔で報告しました。皆さんが運動に協力してくれたお陰でぐっと良くなりましたとね。もう一つのミッションはもっと緊急性の高いものでした。去年のこと、コソボの境界線地帯に行ったのです。そのときは、いったい歌手の出る幕があるのだろうかと出発前に迷いました。でも説得されて行きました。そこでこの世の不条理を見せ付けられたのです。家族を失った子供たち。その一人は顔がめちゃくちゃになっていました。手榴弾のせいです。また、テントの中で子供たちが歌っていましたが、始めは僕も他の人たちも普通の歌だと思っていたんです。でも説明を聞くと、愛国心を称揚する歌でした。これもショックでした。子供たちも戦争に巻き込まれているのです。それから、子供たちの顔に笑顔が戻ってくるのも見ました。それは映画館が遊び場に改造された時、子供たちに色鉛筆と紙を渡したとき、子供らしさを出せるようになったとき、本来の環境に戻ったときです。ユニセフはそれまでももちろん水の浄化など生活に必要な最低限のことはしていたのですが、それをきっかけに、特に子供のために玩具の寄付を募ることになりました。そこでコソボから戻ってからまたテレビに出てベルギーの子供たちに玩具を分けて欲しいと呼びかけました。すると1万5千トンの玩具が集まったのです。人口一千万人の小国としては大変なものです。
 
フラン・パルレ:自作の歌を歌っていますが、他人のために創作することはありますか。
サルヴァドール・アダモ:ほとんどありません。他人のために歌を作るのは稀です。僕がシャンソンを始めたのは60年代でした。その頃は、そういう習慣は廃れていたんです。シンガーソングライターのはしりのような人たちがいて、それぞれの歌を作った人が自分でそれを歌っていました。それ以前の10年は、一つヒット曲が出るとみんながそれを歌う時代でした。今はまたその風潮が復活してきたので、同じ歌にいくつものバージョンがあります。だから、僕が歌を作るときは僕の感性を通して作ります。他の人がそれを歌うこともありますが、まず始めは僕自身のために作っているのです。
 
フラン・パルレ:持ち歌の中で特に好きなものはありますか。
サルヴァドール・アダモ:このところ一番好きな歌、心を込めて歌っている歌は、最新のアルバム『まなざし』に入っている『蒼い時』です。これは両親に感謝する歌です。自分たちの生活が苦しかったのに僕に素晴らしい子供時代を過ごさせてくれたからです。年齢を重ねるにつれ、親たちの苦労が分かるようになりました。始めは当たり前のように思っていたんです。でも少しずつ、40年代末のイタリア移民の生活を伝える資料を読むようになり、考えが変わりました。見つかった資料の中には、当時のイタリア政府がベルギーに送り込んだ移民一人当たり一トンの石炭を受け取っていたと記されています。僕の父親が石炭一トンと引き換えにされていた、と思うと、やはり色々考えさせられました。
 
フラン・パルレ:自分で「独学者」だと思いますか。
サルヴァドール・アダモ:はい。特に音楽について。ギター教室に10回ほど通い、それから自分で勉強しながら少しづつ和音を覚えていきました。歌詞については父が頑張って教育を受けさせてくれました。つまり、文学的な教育は受けましたが、音楽教育は受けなかったということです。
 
フラン・パルレ:日本語でも『雪が降る』を歌っていますね。どうやって憶えたのですか。
サルヴァドール・アダモ:もちろん振り仮名で憶えたのです。最初に『雪が降る』を人前で歌ったときのことは良く憶えています。感動的な歌のはずなのに、聴衆は笑いました。あるとき、ちょうどある言葉のところで笑うのです。何を言い間違えたのか分かりませんが、お客さんは笑いました。どこの国に行った時でも僕はそこの国の言葉の歌を一曲憶えることにしています。聴衆への礼儀のためです。それに、言語学をやったから、ということもあります。特にゲルマン系の言語、英語、ドイツ語、オランダ語などです。だからこれらの言葉では割合に楽に憶えられます。特にドイツ語ですね。キャリアの上でもずいぶん役立っています。
 
フラン・パルレ:あなたの歌を歌う日本の歌手に会ったことがありますか。
サルヴァドール・アダモ:特に越路吹雪さんです。彼女は15年前に亡くなりました。彼女には恩義があります。僕が日本に来る前に僕の歌を歌って広めてくれたんです。彼女は『サン・トワ・マ・ミー』や『雪が降る』を歌ってくれました。他の人にも会いました。日本には500種類以上の『雪が降る』のバージョンがあります。これが日本の民謡だと思っている人さえいます。僕自身の体験ですが、飛行機の中で『雪が降る』のインスツルメント・バージョンが聞こえてきました。それが気に入ったのでキャビンアテンダントさんに「これは何ですか」と聞きました。彼女は英語で「日本の伝統歌謡『雪は降る』です。」と答えるのです。僕は「教えてくれてありがとう」と言いました。(笑)
 
2002年2月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:大沢信子



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